横八会員投稿 No.393

題名:激動の昭和史の一こまより
投稿:伊藤 博(7組)
掲載:2009.12.01


歴史探訪
激動の昭和史の一コマより

湯煙に包まれた静かな保養地・湯河原に激動の昭和史を彩る生々しい現場が史跡として
修復保存されているのは嬉しい発見である。

1936年(昭和11年)2月26日大雪の早朝、国家改造(昭和維新)を目指す陸軍の
一部青年将校等が部下将兵1400名余を率いて決起し、首都中心部を占拠した日本近代史上
未曾有のクーデター未遂事件で、斉藤内大臣、高橋蔵相、渡邊教育総監他が犠牲となった。
この事件の東京以外で起きた唯一の現場がこの湯河原であった。

老舗旅館「伊藤屋」別館・「光風壮」に家族と共に静養のため滞在していた前内大臣・牧野伸顕伯
(当時75才。大久保利通の次男)はリベラルで知られ政・官・財界に大きな影響力を持っていたが、
「君側の奸」と見なされて襲撃の対象となった。

2月26日早朝雪の湯河原に着いた河野寿大尉(所沢飛行学校)以下8名の別働隊が「光風壮」
を急襲(東京の決起と同時刻に合わせて)。護衛官と激しい銃撃戦の後放火炎上させたが、
目指す牧野伯は女装して脱出に成功。死傷・重傷多数。

この時、牧野伯の孫・吉田和子(吉田茂元首相の娘。麻生首相の母)も祖父母に付き添い事件に
遭遇したが九死に一生を得た。もし、この時に犠牲となっていたら、麻生政権は誕生しなかったことになろう。

襲撃者のその後は、
    首謀者・河野寿              自決。
    水上源一(民間人・弁理士)        死刑(銃殺)
    渋川善助(協力者、民間人。陸軍暦30年) 死刑(銃殺)
    他6名                  禁固15年

今年の紅葉はことの他見事だが、心なしかこの事件で流れた攻守の血潮のように思われる

  

          

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