横八会員投稿 No.354

題目 映画「剣岳」を鑑賞して
投稿 近藤礼三 (6組)
掲載 2009.06.24


6月20日封切りの話題の映画「剣岳」を観賞しました。
この映画のテーマは、時は明治40年、日本国土地図作成の元締めの陸軍参謀本部陸地測量部が
国内で唯一未登の剣岳の初登頂に陸軍の名誉を掛け、当時発足したばかりの日本山岳会と先陣争い
の結果、苦心の末に成功し、山頂に測量上必要な4等三角点を設ける物語です。

原作は新田次郎「剣岳・点の記」。
結末は山頂に辿り着いた結果、岩陰に行者杖の聖印を見付け、初登頂は1000年前の大昔に既に
修験者によりなされいたという史実に裏付けられる原作に基づき、「我々の仕事は初登頂の栄誉
が目的ではない、あくまで測量という仕事を成す過程である」、というシーンで幕を閉じます。

現代は中級以上の登山技術なら登れる剣岳を知る我々には、多少力みは目立ちますが、スケールの
大きな2時間半の大作は久々に見応えのある映画でした。

良いか悪いかは別として、最近は2〜3カ月後にはDVDも売り出され、レンタルショップで借りられる
ご時世なので、その時は拙宅の唯一自慢の46インチ画面で、家内と共に再度観賞するに値する価値
ある映画だと思いました。

さて、測量という仕事、一昔前は用地接収の悪役として反対派の投石の対象になったり、道路脇や
工事現場などで見掛けるのでご存知と思いますが、測量とは地図を作るためは勿論のこと、全ての
工事を行う前段階として、現状の地形の状態を地図として紙上に描くための必須の作業なのです。
そしてこの作業は、私の現役時代の専門である土木工学の基本的な技術なのです。

私は大学の土木工学科に入学後、先ず測量工学という学科を学びました。
2か月程経つと野外実習が行われ、測量にはトランシットという倍率が高く精密な望遠鏡の付いた
測量道具が使われます。
我が大学の前は美しい公園で、その頃は菖蒲が咲きアベックもチラホラ。測量に見せ掛けて遠方から
じっくりと観察という楽しみもありました。

やがて夏休み、我らの在学時代は工学系の学科には実習という制度があり、私は実習先に手当は
まあまあで電車がタダで乗れる当時の国鉄の新橋工事局というのを選び、一夏宇都宮駅の測量
手伝いに派遣されました。
仕事は東北線宇都宮駅以北の電化工事に先立つ実地(実測)の平板測量の手伝です。
 
  *手伝いと言っても平板測量の場合、手伝いの先手はこの道の言葉では猿と呼ばれます。
    平板測量はリーダーの測量士が基点に立ち、測量する点を指差し、メジャー(巻尺)の先を
    持つ先手に、あっちだこっちだと指示をします。
    先手は指示された点に向かって、メジャーを垂らしながらまっしぐら。
    その意気がぴたりと通じ合うのが大切で その姿は猿回しと猿によく似ているからです。

さて、宇都宮の夏は猛暑で有名ですが、駅構内や線路脇は灼熱の地です。
この時の思い出を2つばかり書きたいと思います。

その1.
当時の東北線は宇都宮駅以北は蒸気機関車が牽引し、客車のトイレは垂れ流し。
宇都宮駅から先は直線が続き、はるか遠方から列車が近づいて来るのがわかります。
そして線路脇で測量中、実習生の役目は安全確認ともうひとつは牽引の蒸気機関車がCかDかと
いうことです。
D(デコ)は貨車牽引なので心配無用ですが、Cは客車牽引なので、線路脇で列車の通過をぼさーと
見送ると、時に黄色いしぶきの襲撃にあいます。
現代は垂れ流しの車両なんて信じられない時代で、この話をしても若い人にはピンと来ないでしょう。
話は飛びますが、昭和40年後半にブラジルのリオからサンパウロまでの長距離バスを利用した際、
当地のバスは広大な地を走るとはいえ、都市間のバスのトイレが垂れ流しなのは驚きました。

その2.
当時東北線の電化は宇都宮駅までのため、宇都宮駅から先の那須のご静養に皇族が利用される
お召し列車も当駅で電気機関車から蒸気機関車に付替えます。
そのため蒸気機関車の運転手は数日前から宇都宮に待機し、機関車の整備や停止位置の確認
等の準備と特訓のため、我が実習生達と同じ宿舎に泊まっていました。
ある晩、我ら実習生達が夜半に飲み談笑していたら、、「この場を何と心得ているかと、」大声で一喝
を食らいました。
当時の国鉄員はそれほどに誇り高く、当日は蒸気機関車はピカピカに磨かれ清められた晴れの舞台。
私はお召し列車を初めて見ましたが、両陛下は駅で停車中、そして走行中も線路脇で見送りの人々に
手を振り、殆ど立ちっ放しで大変だな、との記憶が残っています。

さて話は元に戻り、測量という作業は体力勝負の大変な仕事です。
昼間は炎天下に目はヒリヒリ、測量の結果を平板と呼ばれる台上の薄紙に書込む作業は楽な作業では
ありません。夕方宿舎に帰り食事の後は昼間の結果を本紙にトレースする仕上げの作業が続きます。
夕食後にのんびり一杯は許されない職種とも言えるでしょう。

その時の現場の自然条件は御の字の方で、測量の現場は映画「剣岳」までの過酷な条件は珍しいに
しろ、都心の過密地から人跡稀な荒野を巡り山野を駆け巡る荒仕事も当たり前、こちらの都合で相手
を選べない厳しい職業なのです。
私は測量だけは我が生涯の専門として選ぶまいと決めました。

近年、土木という名前が泥臭いのか受験生が漸減、国内の各大学は受験生に何とかアッピールさせようと
ユニークな名称に改名していますが決め手とならず、中でも泥臭い職種の最右翼とも言える測量を専門
とする技術者数が激減していることが専門誌に書かれていました。
それに加え、最近有名になった「おくりびと」という言葉に倣い、映画「剣岳」をきっかけに「はかりびと」という
造語があることを知らされましたが、測量技術者がこれらの言葉で暗示されるような、陰の職業として
世間の目に映らないことを願うばかりです。

測量技術は映画の当時から一世紀、我が学生時代から半世紀、現代はレーザー光線や人工衛星等先端
技術の応用で革新的な進歩を遂げており、
映画「剣岳」とは程遠い世界ですが、明治の基本技術は
今も現役として使われていることを諸先輩の栄誉のために加えます。

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