横八会員投稿 No.299

題目 「開国」から見る現在(いま)
投稿 伊藤 博 (7組)
掲載 2008.11.26

NHK大河ドラマ「篤姫」が視聴率も高く好調ですので、
その関連から少々・・・・。

ウノ目タカの目

 

                         「開国」から見る現在(いま)

 

為政は力関係や時代背景に左右される。

歴史を紐解けば、時には朝廷が政治に深く関わった時代もあった。

しかるに、江戸に幕府が開府以降は禁中公家諸法度を定め、政治は幕府の専管、朝廷は位階勲等を
司る権威で仰ぎ見る象徴となった。
代わりに幕府は朝廷を経済的に庇護し、朝廷は定期的に日光東照宮への例幣使を遣わしその功に報いてきた。

 

「鎖国」も近隣諸国の欧米禍の轍を踏まぬために幕府の独自の政策判断で定めたもので、朝廷が決めたものではなく、
また当時の朝廷からの反対もなかった。

従って、幕末に至り「開国」の勅許を朝廷に仰いだのは、伝統的な幕政の流れから言えば、形式上にせよ、
幕府が専管を自ら放棄した不必要な責任転化であり、幕府の権威の衰退を背景とした筋違いの話であった。

攘夷派はこの好機を逃さず、倒幕のための格好の口実とした。その手段として、政治不介入であった朝廷を担ぎ
天皇親政に戻すことを画策、幕府専管事項への介入により倒幕のため政治的な糸口とした。

結果としては、攘夷派も欧米の武力と国力の前に屈し、開国の意義に目覚め、維新による欧米流の富国強兵の
近代国家造りに至った。その渦中では多くの有為な高志の人材を失い、漁夫の利を得た者達の形骸が
第二次大戦にまで尾を引いたことは歴史の悲喜劇であろう。

 

福沢諭吉は明治15年に「帝室論」を表して、

「皇室の政治利用は、かえって帝室の尊厳を損なうものであると指摘してこれを批判し、帝室はあくまで
政治以外のもので、学問教育の振興、日本固有の芸術の保護、国民の福祉、文化的事業の中核となって、
国民統合の役割を果たすべき、と主張。

しかし、この真意は長いこと理解されず、皇室軽視との批判をあびていたが、太平洋戦争後新憲法が制定されると、
現憲法下の象徴天皇制に合致するところから、一転して再評価された。

今上天皇が皇太子であったとき、教育参与となった小泉信三氏はこの書物をもちいて輪読した。福沢は、
一世紀も以前に、象徴天皇を示唆していた。」

以上の帝室論への見解は、11月25日付け産経新聞・「現代に生きる時事新報」の武蔵野大学学長・寺崎修氏の
要旨を抜粋して参考までに紹介したものである。

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