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横八会員投稿 No.282

題名  ウノ目タカの目、63回目の敗戦記念日
投稿  伊藤 博 (7組)
掲載  2008.08.12


ウノ目タカの目

                 63回目の敗戦記念日

 

北京オリンピックのメダルの数に一喜一憂している蔭で、本夏も第63回目の敗戦記念日を迎える。
喉もと過ぎれば暑さを忘れる喩えの通り、完膚無きまでに叩きのめされた偲び難き屈辱と、
多くの国民の耐え難き困窮は忘却のはるか彼方。
温故知新は風化して、「苦無くして楽を追う」昨今の風潮である。

その中にあって、地道な厳しい修練で自己の極限に挑戦する真価が実証されるオリンピックは、
世の極楽蜻蛉に大きな一石を投じている。


産経新聞(8月11日付)の「正論」のコラムに、阿川尚之慶大教授の一文がある。
かの大戦はアメリカの挑発・陰謀から起こった東亜の安定と自存自衛の戦争であったとする
右陣営の説と、無謀な戦争をしたのは政府・財界と軍部であり、国民は犠牲者であったする左陣営の
主張の両者を挙げて、いずれも「敗戦」という事実を「終戦」という表現で糊塗し、事後に他に責任を
転嫁したことが、真の原因究明と負けない備えをする努力を曖昧にしてきたと断じている。

戦後一貫して平和主義を標榜する多くの新聞も、戦中は国民を大いに煽り、多くの国民もそれを支持し、
熱狂し、武器を執って戦ったのではなかったかと付言して、その反省すべき視点としている。


然し、それが戦争遂行の時局のもたらす非情な実態なのである。有事における言論統制、
戦意高揚を煽るプロパガンダ、違反者への弾圧は世界中で枚挙にいとまがない。

その国是の渦中にあっては、当局の光る目の前には真実と真理はねじ伏せられ、それに棹さして
反論する行為は蛮勇に等しく、生命の危険すらあり、抹殺されることを意味する暗黒の時代であった。


生まれながらに言論の自由が保証された社会に育った、戦争を体験していない世代が増えるにつれて、
非現実的な観念論で史実を見るようになるのは避けられない傾向であるが、そこに一抹の危機感が
よぎる思いがする。


折しも、国立文書館にて、東条英機元首相のポツダム宣言受諾直前の手記が発見・公開された。
(日本経済新聞8月12日付)

沖縄戦に敗北、原爆投下、ソ連参戦と続く絶望期における戦争指導者の独特な視野と固定した
現状認識をうかがい知る貴重な資料である。


非戦闘員を含めて戦没者に口無し。もし語らせれば尽きぬ思いがあろうと忖度せざるお得ない夏である。

今年も猛暑が続き、炎天下に蝉時雨が降り止まないのはそのせいであろうか。

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