横八会員寄稿 No.199

題目  利賀の思い出
l寄稿  伊藤 博 (7組)
掲載  2007年10月14日

            利賀(とが)の想い出

10月のNHK―TV(BS2)で放映されたアーカイブスで、懐かしい
「利賀国際演劇フェスティバル‘88」(昭和63年)の「リヤ王」を観て、
当時の状況が甦った。

利賀村は、世界遺産に登録された合掌造りで知られる白川村に連なる、加賀と
越中が踵を接する五箇山の山深い小さな村。標高が高く、冬は雪で厚く閉ざされる。

そんな村で、毎年夏のほんの一時だけ、臨時ヘリポートが仮設されるほど内外から
人が集まる大きなイベント・「利賀フェスティバル」が開催されていた。

そのきっかけは、東京で早稲田小劇場を主宰していた演出家の鈴木忠志が、縁あって
訪れた利賀村が気に入って、劇団と共に村に根を下ろし、彼の独特の演劇理論に基づく
訓練法を体得するワークショップを開講したのを始まりとする。

そのドラマツルギーとユーニークな鍛錬法が評判を呼び、プロ・アマを問わず内外
からの数多の受講者を集め、遂に、世界から名のある俳優が参加する演劇祭までに
花開いたのであった。村おこしのはしりである。

その舞台は野外で、客席階段が取り囲むギリシャの円形劇場のしつらえ。
舞台の裏手に拡がる池と遠方の峻厳な山が借景である。いわば薪能の和とグローブ座の
洋のコラボレーション。満点の星をいただき納涼としてはこれに優るものなし。

鈴木忠志の演出は、原作シェエクスピアーの原作を決して逸脱することなく、個々の
動きに全編を通して「能」の所作を取り入れて、幽玄の中に動と静の気迫を織り交ぜて、
照明はモノローグの人物へのスポットのみ。背景に流れる「カノン」の荘重な調べに
乗せて、人間の愚かしさを鋭く抉る悲喜劇に仕上げている。

夏の一夜を、米国の俳優の熱演に堪能した後は、キャスト・スタッフ・観客が共々に
舞台に上り、鏡割りした樽酒の杯を重ねながら和気藹々、更けゆく刻を忘れて感動の
余韻を分かち合ったあの日から既に二昔。光陰は矢のごとし。人生は短く、芸術は長しを
実感する今日この頃である。

トップに戻る
寄稿の目次へ