横八会員寄稿 No.190 

題名    好漢、八代紳君を偲ぶ
寄稿者  近藤礼三 (6組)
掲載    2007年9月9日


 

あのマイペースで誰もが憎めない好漢、八代紳君(8組)が遂に9月5日に亡くなってしまった。
昨年秋に癌の再発が見つかり僅か10ヶ月、それは壮絶な癌との戦いであったと思います。
2ヶ月前、文筆に卓越した才を持つ彼にお願いし、闘病の心境を横八Hpに寄稿して頂いたのが彼の遺稿
となり、悔まれる次第です。

彼は在校時代は異クラスのため全く記憶はなく、5年前に始めた丑寅エイトの会合で知り合い、以降
彼とは丑寅エイトやレクの催しの常連として親しむうちに、彼の人間性とも言える、和やゆとり、なごみに加え
凡人とは一味違う文才に魅せられたのです。

彼は丑寅エイトでは2002年2月、3月には「遠野物語」で我々を童話の世界に招き、2005年9月の「日本酒の話」
では彼の好む日本酒の銘柄を持参し、皆で試飲し日本酒の豊富な知識を披露してくれました。

一方、レクの常連として、女性参加者の少ない侘しさを救おうと女性メートに声を掛け、催しに潤いを
与えてくれた心遣いには感謝の気持ちでいっぱいでした。

2006年に入り、彼のレクへの参加は1月の「地元・二子山ハイク」。
この時、先の癌の後遺症かあるいは再発の不吉な兆候か、二子山の最初のコブから次のコブへ
と移る登りで難儀をしたのが参加した仲間の記憶に残るのではないかと思います。

しかし、5月に催した「軽井沢から旧碓氷峠を通り横川までを歩く」、には率先して参加してくれました。
このコースで私は軽井沢から横川までの無難な旧国道18号線を下ろうと計画していたが、
それでは面白くないと、旧碓氷峠を下るルートを推奨したのが彼でした。
結果的には大成功、最後の下りの区間が急坂で参加者の数名は少々バテ気味であったのに、彼は道中
全くの健歩でこれが僅か1年4ヶ月前のことなのです。

彼の魅力のもうひとつは参加したレクは必ず紀行文を寄せてくれました。
その紀行文を読み出すとなぜか途中から文章に魅入られ、最後まで一気に読んでしまうという司馬遼太郎
の作品を彷彿させる不思議な魔力がありました。
現時点の横八Hpのレクの頁や会員寄稿の中で、彼の文章に触れることが出来ますので、是非彼の作品に触れ、
彼を偲んで下さい。

耳が少し遠い八代君、聴こえるかい?
闘病の苦しさから解かれる代償に、寂しがりやの君が最愛の奥様はじめ八代一族、そして共に過ごした
我々と別れ、一人永久に旅立たれる気持を思うと胸が張り裂ける思いです。
どうか安らかにお眠り下さい。
私は今晩、君を偲んで日本酒で晩酌をします。
そして君の墓参には、丑寅エイトの講義「日本酒の話」のレジメから君が愛した銘柄を選び君の墓前にを捧げます。
 
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八代君が亡くなる前月、彼から私ほか八期仲間数人に届いたメールをあえて載せさせて頂きます。


8月9日
暑いね。下里君」の防衛庁の講義を見たが
たいしたものだ。ところで、貴君がまとめている関連記事の資料は
いかにして入手するのかな。
また、貴君が調査をするのはすごいね。暇があったら簡略に説明をしてくれ、防衛庁の資料では多すぎる。
薬を飲んでいるため思考力が途切れてしまう、、、

8月22日
何時までも暑い。20日、いよいよ抗がん剤が
効かないそうで在宅看護の治療を受けることとなった、
また打ち合わせに来るそうだがどのような状況になるか話となる。とにかく今はガンバガンバ。

これが彼から届いた最後のメールとなりました。
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