横八会員投稿 No.339

題名 旧東海道ぶらり歩きの報告(前編)
投稿 近藤礼三
掲載 2009.05.13


旧東海道歩きは2001年1月1日に東京から川崎の区間を試みにスタート、その後ぶつ切りに
都合14回に分け、2004年6月14日の岡崎から名古屋の熱田までの32.4Kを最後に第一ステージ
の幕を閉じました。

上記はすべて日帰りで、出発駅が掛川駅までは在来線、それ以西は新幹線を利用し出発駅
に9時頃迄に着き、毎回25〜30キロ程度を歩き、夕暮れ時に切り上げてその日の電車で自宅
に戻って来ました。

それから5年、70台の老域に入り気だけは衰えていないと自負するものの、鏡に映りださ
れた我が身は、筑波山のガマではありませんが、おのれのお腹の醜さに呆れタラーリ、
タラーリと油汗。家内から哀想を尽かされても弁解の余地もありません。
まだ捨てた者ではないぞ!、そして人生に悔いを残さないようにと、旧東海道ぶらり歩き
の第二ステージとして桑名から京都までを続投を意気込んではいましたが、なかなか踏ん切り
がつきませんでした。

萎む気持ちを呼び覚ましたのが、丑寅エイト2月26日第92回の互井稔君(8組)の「東海道、
自転車の旅」の話もその一つでしょう。そのうちに次第に燃えて来たようです。
そして5月14日の我が72歳の誕生日に終点京都三条大橋までの117.6Kにゴールすべく、
次の計画を立てました。

1日目 5月10日 - 出発日、午後の新幹線で名古屋を経て桑名に宿泊。
2日目  11日 25.9K 桑名出発、四日市、石薬師を経て庄野まで。
3日目  12日 29.8K 庄野出発、土山まで。
4日目  13日 35.9K 土山出発、草津まで。
5日目  14日 26.0K 草津出発、京都三条大橋までを歩きゴール!
我が誕生日を乾杯!
6日目  15日 - 京都見物し午後の新幹線で我が家に凱旋。
合計 117.6K

そして週間天気は水曜日の他は心配のないという予報で、遂に決行しました。

5月10日(日)1日目
  我が家を午後1時半に出発、新幹線を経て桑名に午後5時頃に到着。
  当地は学生時代に訪れた後、半世紀ぶりの訪問です。
  駅前のビジネスホテルに宿を取った後、今回の出発点「七里の渡し跡」を訪問。
  この一帯は我が大学3年の時に襲った伊勢湾台風が猛威を奮った個所でもあり、
  大規模な地盤嵩上げ、記念碑、再び襲うかも知れない高潮に備えた警報が目立ちました。
  そして「渡し跡」通りには数軒の小料理屋が並び、その一軒のウィンドウには蛤定食
  ¥1,890の値段が書かれていました。

5月11日(火)2日目 
  宿出発8時、今日は30℃を越える夏の陽気とのことで、白い運動靴にショートパンツスタイルも
  粋なものです。
  ところがこの運動靴を選んだことが今回の致命的な失敗であることは、本人気付いて
  いません。所々に昔の面影を残す旧東海道を近鉄富田線や国道1号線に沿い進み、
  町屋川、朝明川、富田駅等々、伊勢湾台風の高潮の被害で連日のように報道された
  記憶に残る地名場所を通過し、11時20分に四日市駅前の参道に着きました。。
     
  そろそろ空腹を感じ、参道角のレストランのウインドウを見ると、松坂牛ステーキ¥2,000。
  横浜なら4〜5倍のお値段がしそうなボリュームに食指が動いたが、ステーキにはビールは
  絶対条件。でもこれからまだ先があるぞと未練を残し通過。
  通りを渡った直後に丹羽文雄の生家と石碑の建つ寺前を通りましたが、幼稚園を
  兼ねたこじんまりとした寺に昔読んだ丹羽文雄の出生の記がかすかに微かに思い出
  されました。

  四日市街地を過ぎ、国道1号線に沿い真夏のような太陽に下、排気ガスを吸いながら
  も快調に進みます。
  しかし、やがて両足の足裏に引っ張られるような痛みを感じます。
  それが普通の靴ずれとは違う足の裏の前の方です。

  12時も過ぎお腹も減って来ましたが食堂は当分無さそうです。
  美女峠を登りきったところの運転手好みの食堂を着いたのが13時20分。
  大好きなとんかつ定食にビールのジョッキを飲んで¥1,050とは、気のよいおばさんは多分
  勘定を間違えたかもしれない知れないな。

  食堂を出てから30分、石薬師を通過し佐々木信綱の生家を訪ねましたが月曜日で休館。
  その後、信綱かるた通りと命名された快い旧東海道の住宅通りを暫く歩きますが、
  家々の塀に信綱の和歌が飾られ趣を感じました。
     
  足の裏の痛みは益々激しくなるようです。
  私はこれまでに数日間の山道や50K× 3日間の歩け歩けコースなどを経験し、靴ずれや足
  の爪が紫色になったことは幾度かありましたが、今回の痛みはこれまでに未経験の足底の
  痛みで、既に水ぶくれが出来ているのでしょう。
  足を引き摺り庄野のバス停で立止まり、時刻表を見ると2時間に1本のバスが15分後の
  15:34と書かれています。
     
  これぞ天の助け、時間通りに到着したバスに乗車、バスは国道1号線を走ったり、脇道に
  出て乗客を乗せたり下ろしたりして亀山駅へ16:30頃に着きました。
  駅でビジネスホテルの載っている地図を貰い、オープン間もないホテルにチェックイン。
  料金は宣伝期間サービス中とのことで、朝食付きで\4,900。
  フロントも感じ良く、部屋は清潔で文句なし。
     
  夕食はホテル近くの日本食フアレスで\1,600の和風ステーキ+お刺身にビールと日本酒で
  ¥2,500、 ビジネスホテル特有の狭さを我慢すれば、地方バンザイの気分でした。

5月12日(火)3日目 
  朝目覚めても足の裏の痛みは相変わらず、これでは先へ進むことはとても無理のため
  帰宅に決めました。
  ホテルのフロントのお嬢さんにこのまま駅へ直行といったら、勿体ないですね。
  旧街道の亀山宿は直ぐ近くなので、タクシーでも利用したらと勧められました。
  しかし、タクシーに乗ったのでは我が沽券に係わりますからと強がりを言い、亀山宿
  よりも先の関宿の方向へと向かいました。
  大型車がバンバン通る県道、国道1号線の道路脇、インターチェンジの高架下を足を引き摺り
  歩く姿はナポレオンが冬将軍に敗れて敗退する敗残兵のようでが、それでも5.8Kを
  1時間27分で関宿に到着。
  関宿の昔ながらの街道をゆっくりと堪能させて頂き、あとは我が家へと引返す敗退コース
  の関西本線の関駅へと出ました。

  往年の西の名門・関西本線も1時間に1本の2両編成、亀山からは2両編成ワンマンカー
  快速の名古屋直行。新幹線で経営快進撃のJR東海の裏方の姿を見た思いです。 
    
  名古屋からは新幹線、「つばさ」は通勤電車並みの本数なのに、我がジパングクラブの
  「ひかり」は1時間に1〜2本。でも「つばさ」は満席でも「ひかり」は空席がたっぷり
  なのは救いです。
  帰宅は午後7時頃か、家内は足裏の水膨れに驚き,家内の治療に痛みに耐えつつも
  我が幸せを感じた次第でした。
   
今回は靴選びに失敗し歩いた距離は桑名ー庄野25.9K+亀山ー関5.8K=31.7K
計画111.7Kの28.7%で、すごすごと引き揚げて来ました。

反省は靴選びの失敗でした。白くてカッコの良さに釣られた安物買いの銭失いの
典型的な例でした。
9〜11月に再挑戦をします。


今回はこれぞという写真がありませんが以下にに加えます。

七里の渡しは揖斐川河口の右岸にあり、伊勢湾台風による高潮の被害は甚大でした。
  

地盤嵩上げの記念碑です。       名物焼き蛤定食、蛤2個付きで¥1,890では。
   

近鉄四日市駅前に近い旧東海道通りに面したお寺が丹羽文雄生誕の地です。
街中のどこにでもある幼稚園経営の平凡なお寺との印象でした。
   

石薬師にある佐々木信綱の生家です。   翌日は足を引き摺り関宿の入り口に着きました。
  
   
平日の静かな関宿ですが車の出入りが自由なのには驚きました。
右の魚屋さんは互井君の写真にも載っていましたね。
  
   
百五銀行、現役の店舗です。       一人寂しく写真に納まりました。
  

この靴が今回の元凶でした。


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