2006年観艦式視察

  10月25日、国防を学ぶ一環として「2006年海上自衛隊観艦式(開催は3年に1回)
・予行演習」(本番は10月29日、観閲官・内閣総理大臣)を視察した。

 海上自衛隊横須賀総監部・船越分遣隊岸壁より、自衛艦「うらが」(掃海母艦5,652トン)
の飛行甲板における海上自衛隊軍楽隊の華麗な演奏に迎えられて乗船。9:00離岸発進。

 天気晴朗にして波静か。左右に三浦、房総半島を至近に望む浦賀水道を、冠雪した富士を遠望し
一路南下、観閲地点の相模湾・大島沖に集結。

 観閲開始12:20。横須賀、佐世保、舞鶴他より参加した自衛艦艇は全50数隻。遠くで
護衛する支援艦の見守る中で、観閲、受閲、参観(視察)の3列の縦列船隊(タテの各艦間隔500
M
を組み威風堂々と波頭を進む。

 観閲艦とすれ違う受閲艦(ホーバークラフト艇を含む24隻)は、搭乗員甲板に整列した最高の登舷礼。
主砲の礼砲発射の辺りを揺るがす大轟音で観閲開始、日頃の訓練の成果が次々と披露された。

 ミサイル艇からミサイル発射と着弾地点の天にもとどかんばかりの大水煙。洋上補給。
潜水艦の急速浮上・潜行ドルフィン運動。ヘリコプター緊急発進。IRフレアー発射による
赤外線ミサイル回避煙幕に包まれた艦艇等々迫力迫る実戦さながらのページェントが目前で次々に展開。

 頭上を、鹿児島賀屋、八戸、厚木、三沢より飛来した海上自衛隊飛行軍団の一糸乱さぬ編隊飛行は、
練習機、PC−3対潜哨戒機、へリコプター群、ジェット機群。飛行艇(海上波高数メーターにても発着可。時速100Kmの低速でも飛行が出来る世界に誇る高性能)の発着進等々により、イージス艦と空海一体となった近代電子戦の一端を実体験することが出来た。

 全て予定通りの正確さで進行し、帰港16:00。百聞は一見に及かず、感動を胸に軍楽隊の演奏に送られて下船、実りのある視察の全日程を終了した。  

 今回の視察により、四方を海に囲まれた我が国の国防の意義を十分に認識するとことができた。

 観艦式の経緯

 1341年、英仏の百年戦争の最中に、イングランドの王、エドワード3世が自軍艦隊の威容を観閲したことに始まる。

 日本における観艦式の起源は、1868年(明治元年)3月26日に大阪の天保山の沖にて明治天皇が陸上から観閲
受閲艦艇は日本の6隻およびフランスの1隻。その後、1890年(明治23年)に神戸沖で実施された「海軍観兵式」が近代海軍としての観艦式の始まりである。その次の1900年(明治33年)からは名称も「観艦式」となり、戦前には合計18回行なわれた。特に、1905年(明治38年)の日露戦争凱旋観艦式と、1928年(昭和3年)の昭和天皇即位の大礼に伴う観艦式は、外国の軍艦も参加する盛大なものであった。

 第二次世界大戦後は一時、途絶えていたが、1957年(昭和32年)より再開1973年(昭和48年)まではほぼ毎年実施されていたが、オイルショックのためこの年を最後に中止1981年(昭和56年)に復活し、それ以後はほぼ3年おきに行なわれている。

   

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