横八会員投稿 No.502

投稿:原田雄二(7組)
題名:旧制横中高歌「坂東武者」
受領:2011年9月4日

近藤注釈
下記の投稿は昨年9月に届きましたが、何かの都合にて投稿欄に掲載を洩らしました。
平成24年2月23日の丑寅エイトの集いにて原田君に会った折に、彼から「載っていないよ、」
との忠告を受け当時のメールのコピーを戴き、改めて昨年9月に遡り掲載します。



   原田君に答えて
                                       近藤礼三
    私が生前の父や兄弟等から聞いた記憶では、昭和20年代の学校制度変革で、
    5年制の旧制横須賀中学が3年制の新制男女共学の横須賀高校に変革された時点、
    旧制横須賀中学校歌の「坂東武者」を引き継ぐという話もあったとのことです。

    しかし、ご指摘のようにその時期は戦時色を一掃の時代で、教職員の内部にも「坂東武者」
    の歌詞が好戦的であるとのコメントを県庁や文部省に進言する者もおり、行政教育の一環として
    「坂東武者」に代わる新校歌を作るように指導されたようです
    そして当時の中川校長は男女共学新制高校として相応しい新校歌を作ることになり、作詞を
    校内募集の結果、在校7年の三和義彦氏(高7期)の作に決まり、作曲を葉山在住の故団伊玖磨氏に
    依頼の結果、現校歌「天がける白雲」が1955年(昭和30年)に誕生したのが経緯のようです
   
    その時点、我等八期生は高校2年でした。
    「なんだこの校歌は!」、「覇気のない、長ったらしい、女々しい校歌だなあ、」というのが
    大半の生徒の偽らざる印象で、6組の威勢の良い今は亡き可知、中津、生野達は歌うのを
    ボイコットしようではないか、と言っていた想い出が残っています。
    
    それから半世紀以上経過した現在、「天がける白雲」の私の個人的な見解は
      1.当時としては多分従来の校歌の枠を外したユニークな校歌を作ろうという意気だったの
        でしょうが、今もって現校歌の印象は当時とあまり変わりません
      2.そして「かながわ校歌祭」の第1回より復活した坂東武者よ生き返れ、の気分です。
    毎年の「朋友会新年会」や「かながわ校歌祭」で新旧校歌を歌う諸氏も、多かれ少なかれ同じような
    気持ちがあるのではでと思います。
    しかし、実現は無理でしょうね。
                     
 
  

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