横八会員投稿 No.481

題名:3月24日(木)、丑寅エイト第117回 「オペラ・我が人生」を終えて
投稿:大川宗男 (4組)
掲載:2011.3.28

         3月24日() 丑寅エイト講座 《オペラ・我が人生》を終えて

                                             大川宗男
3月丑寅エイト講座に幹事の安藤君からGOサインが出たのが21日。
それからの3日間、押入れの奥から引っ張り出してあった写真や資料と格闘しながら、寝るのは午前3時4時という
日を過ごした。
広報の近藤君からはメイルで、「この際、持ち場で我々に励ましの話を聞かせて欲しい」という。
よーし、それならハナシよりも歌ったり、演じたりする部分を多くしようと当初の計画を大幅に変更。

さて当日、1時過ぎにヴェルク第二研修室につくと既にアシストの近藤君がプロジェクターの操作にかかっている。
どたばたしている内に開演時間が近づき、待機していた丑寅仲間が安藤君を先頭に部屋にドヤドヤっと入ってきた。
眼で数えると22・3人、女性は後輩の本間さん一人ひとりだ。

災害犠牲者に対しての黙祷から講座が始まった。

前列2列目の机を外して空けたコの字型のスペースで話を始めたが如何せん皆の顔つきが固い。
昨年の「シューベルト講座」の時とは大分違う。それぞれが心に重いものを下げて、ここにやって来たのだと直感した。

さて、こんな雰囲気のなかで冗談を言って笑わしたりして良いものか?

「オペラとの出会い」でNHKが招聘したイタリアオペラ団の公演にハナシがおよぶと、何人かが頷きながら聞いている。
世紀のテナー、MDモナコが歌う《オテロ》最後の場面を口三味線と動きで演じる。その後、《フィガロの結婚》終幕の
「許しと寛容」のアンサンブルに、天才モーツアルトが200年後の現代を予言したかのような「平和への祈り」と
「それがママならない世の切なさ」を感じると熱弁。予定外のハナシを挟んで時間がどんどん過ぎてゆく。

やっとロスアンジェルスに着いて日米共同出演の《修善寺物語》や《蝶々夫人》のところで前時間いっぱいになり、
最後に予定しているフィガロのアリアをちょっとさらって休憩。

オペラはおろか、クラシックはどうも・・・という人の多い中で、ともかく今日はオオカワのやることに協力しよう、
という参加意識を感じる。
場が大分和らいできたようだ。

休憩後、ペットボトルを酒瓶にしたてて《こうもり》の酔っ払い看守を演じる。
突如として『非日常の世界』に変身するオペラの演技ワザを見せるつもりだが、10年前の本番経験を活かせるかどうか?
「ミンナ、元気かぁ・・・オレはこの通りビンビンだぁ(あそこ以外はナ)」( )内のセリフは女性の参加者次第では割愛する
予定だった。
だが伊藤義三君の耳元で言ってしまった、後の祭り。

結局、ニューヨークにたどりついてコロラド州アスペン音楽祭に参加した辺りで時間一杯。

フィガロのアリア「もはや飛べないこの蝶々」を全員で歌ってにぎやかに終わろうと当初から予定していた。
MDにピアノ伴奏を録音しておいたカラピアノで何度か歌った。


最後の最後で「立って歌いましょう!」と呼びかけると、ソロ楽譜を持った全員が一斉に立ち上がり、このアリアが
軍隊行進曲と共に歌われるのを、最早自覚しているかの様。一瞬、防衛大学の学生相手に講義している錯覚を覚えた。


「敬礼」や「腕上げ指指し」の動作にタガイ君が真似している。彼とは先月の丑寅で会ったばかり、お多幸ではソプラノと
アルトの区別も分らないと言っていた。
なんと、地震当日、被災地の金華山にいて九死に一生を得た、と後で投稿を読んだ。今にして彼がアリアを歌うときの
テンションが判ろうというものだ。

終わってからお多幸の二次会は自粛することになり、飯田君からはどっさりと若布のお土産を戴き、梶川君が誘って
くれて竜馬研究家の焼き鳥パブでナガイ、後輩のオガワ諸氏と一緒した。焼き鳥も焼酎のお湯割りも上手かった。
お陰で『宴の後の一人ぼっち』にならずに帰宅した。

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