横八会員投稿 No.475

題名:
その1.「VIVA!合唱}
その2.日本の棋界に足りないもの
その3.夢の新素材の光と影

投稿:伊藤 博 (7組)
掲載:2010.02.11〜14


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その3 ウノ目タカの目

           夢の新素材の光と影

鉄より軽く重量は1/4、強度は10倍。錆びず、腐らず、耐熱性も高い夢の素材・「炭素繊維」は、
我が国の誇る優れたその二次加工技術により、風力発電の羽、航空機等の産業用や釣り竿、
ゴルフシャフト等の民生用に広く活用されて日本が世界シェヤーの7割りを占める成長分野である。

現在の世界市場は約3万トン。内訳は産業用が6割、民生・スポーツ用品が2割、残る2割が航空機用である。

40年前、東レイが世界に先駆けて炭素繊維の商業生産をはじめた当時は、同社の全売上高1兆5千億円
の内僅か700億円に過ぎなかったことを思えば隔世の感がある。

近年は自動車の燃費向上のための軽量化の解決策として特に注目され、主要メーカーで本格的な採用が
進展しつつある。
東レイ(ダイムラー)に加えて三菱レイヨンと帝人の三強が圧倒的なシェヤーを占め鎬を削っている。
炭素繊維の2020年の世界の市場は12万トンに伸びると推計されている。

中国が国を挙げてこの分野の参入に本腰を入れているが、高い加工技術の積み重ねが必要で、新規参入の壁は厚く
日本勢の優位は当面揺るがない(みずほ証券アナリスト・高橋弘彦・産経新聞)と目されている。

然し、そこで忘れて見落としてならないのはその廃棄処理問題である。

他山の石として、FRP(炭素繊維を樹脂で固めた成形品)製の老朽漁船やレジャーボートが全国の海岸に
大量に放置されたままで、その処分に困っている現状を改めて正視すべきである。

鉄やアルミならば溶かせば再生が可能であるが、腐らず、燃えぬ新素材の最終破棄処理は埋める他は手がない。
その産業用廃棄場ももはや無くなりつつある。車の販売と抱き合わせで世界中に廃棄物公害をこれ以上まき
散らす訳にはゆかない。

大量生産される自動車への炭素繊維の本格的な採用は、その安全にして経済的な廃棄処理方法の開発と
処理技術の確立のアセスメントなくしてこれを安易に導入を急ぐのは如何なものか。

開発は日本のお家芸。英知を結集すればやがてクリヤーしうると信じてはいるが、現状はは寡聞にして
いまだに炭素繊維の最終廃棄処理に関する抜本的解決策を耳にしない。

この課題の解決は素材産業の持つ宿命であり、果たすべき義務でもある。

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その2  ウノ目タカの目

         日本の棋界に足りないもの

遅ればせながらこの年齢になって囲碁をはじめて、その奥行きの深さに取り憑かれています。
そこで、次の2点が気になっていました。

1.国際棋戦で数年前までは日本、韓国、中国が「三強」を形成していたのに、
  なぜ近年
は日本が韓国、中国の「二強」に置いて行かれて勝てなくなったのか。

2.最近は囲碁がスポーツのジャンルに入った経緯は那辺にありや。

以上の2点の疑問に対する答えが、台湾出身で史上初の五冠(名人、十段、天元、王座、碁聖)を
達成した張栩氏の近著の中にありましたので、その要点をご紹介します。

1.については、日本は8割方が中盤で追いつかれ、終盤で逆転されるパターンが多い。
   これは詰碁やヨセの勉強を若いときから怠ってきた証拠で基本的な能力不足。
  並び
に、前半で時間を使い過ぎる時間の使い方も問題だと指摘しています。

2.については、日本はプロ棋士制度が確立されてすでに400年の歴史があり、
  「文化」
「芸術」として定着しています。

  然し、囲碁は心技体を総合した勝負なのでスポーツと同じく若い方が有利。
   中国や韓国における棋士の立場は、完全に「スポーツ選手」の扱い。
   中国では、棋士は「体育局」という組織の中に組み込まれており、これはオリンピックの選手達と
  まったく同列の位置づけで、育成方法から代表選手の選抜方法までスポ
ーツ選手と同じシステムを採用。

  全国各地から優秀な子供を北京に集め、徹底した競争原理のもとでさらに優秀な者だけを
  国家チームに組み入れて英才教育を施す。情け容赦のない淘汰につぐ淘汰で、エ
リートしか
  残れない仕組みです。

  韓国では、中国ほど国家的なシステムは整っていないものの、「世界戦で優勝するなどの結果を
  残したら兵役免除」といったスポーツ選手と同様の優遇措置があることから
も、囲碁はスポーツの
  一種と位置づけられていることが分かります

  近年、台湾から文化、スポーツに次ぐ第3の要素として、「教育としての囲碁」が発信されています。
  囲碁ほど思考力、記憶力、忍耐力を満遍なく鍛えられるゲームは他に
なく情操教育にも最適として、
  「囲碁から得たものを如何に人生に活かすかが大事」
という考え方が根付いているようです。

  囲碁も「国風」による差が顕かであるのを学び得たのは大きな収穫でした。
  

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その1.

               「VIVA!合唱」

  もし千葉混声合唱団に入っていなかったら、その類い希なる調べは神が創造したとしか思えない
古 古典の合唱曲・人類至宝の遺産の名曲の数々を 真に味わう至福の時を一生持つことは無かったであろう。
各 作品に共通することは、回を重ねる毎にその都度新たな発見と感動があり、その深 遠さは汲めども
尽 尽きぬ味わいがある。

音楽は時間芸術。いかに名演奏と言えども一回限り。全く同じ成果を二度と再現することは出来ない。
 少しでもより優れた演奏を目指して、例 え日頃の練習と言えども本番以上の集中力で望めば、
 爽やかなカタルシスを伴い多忙繁多な日常の句読点となる。

 音楽は耳で聴くというよりは心の琴線に響くものである。
 その内容の解釈に集中することにより、単なる音の繋がりから心から迸る音楽となって聴衆の感動を
 呼び喜びを共にすることが出来る。

 「演奏は姿勢。自分の中に燃料を持っていなければ、人の心を燃やすことは出来ない」(朝比奈 隆)

 特に合唱はハーモニーが命。あれは確か1992年(平成4年)頃であったか、本合唱団も瞬間風速ながら
 テナーが私たった一人になるというバランスを欠く危機の時期があった。
 幸いにして、まもなく多数の優れた仲間の参加を得て、現在は男性の層の厚い合唱団となり誠に
 喜ばしい限りである。

合唱は単に聴くだけと実際に演奏するのとでは、その味わいの深さは次元を異にするほどの差がある。
 それはTVの疑似体験である虚像の幻想を、あたかも実体と勘違いをしている現代社会の風潮に棹さして
 本流に回帰することに他ならない。

 振り返れば、聖歌隊(Junior Chior)から始まった合唱人生数十余年(企業戦士の間はやむなく
 一時空白の時期もあったが)、継続は力なり。

 これまでに関与した放送合唱団をはじめ幾つかの合唱団の活動を通じて、世代を超えて志を同じくする親しい
 仲間が全国にいるのも合唱の賜である。
 

 琴棋書画は君子のたしなみとか。芸術は人生、人生は芸術。今後とも合唱を通じて出来る限り本物の真価を
 追求する厳しい研鑽の道を、楽しみながら歩み続けてゆきたいと念じている。

                                    蓼科にて

                                        T.伊藤 博

所属している千葉混声合唱団(千葉県で県最古の混声合唱団)が本年創立60周年を迎えます。
その定期演奏会の記念文集へ掲載する拙稿をご紹介までに。
本合唱団の活動の詳細は、HP(ブラウザーにて千葉混声合唱団)をご参照下さい。

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