横八会員投稿 N0.453

その1.
題名:ウの目タカの目、元気で加齢
投稿:伊藤 博 (7組)
掲載:2010.07.19

ウノ目タカの目

              元気で加齢

平成21年、我が国の100歳以上の人口は4万人を越え、東京ドームを1世紀人で
埋め尽くす高齢化社会の到来です。

同期のお仲間に、加齢もなんのその、水泳で目覚ましい記録に挑戦している元気な人が
いるのは誠に心強い限りです。

8月18日の産経新聞のコラム(西川りゅうじん氏)で、世の華麗なる加齢の事例の紹介が
ありましが、それによると、公式記録のある史上最高齢者はやはり女性で、1997年まで
122年と164日間生きたフランス人、ジャンヌ・ルイーズ・カルマン。

85歳からフェンシングを始め、100歳まで自転車に乗り、117歳まで喫煙。

1988年にゴッホの生誕100周年に直接会った人としてインタビューを受け世界的に
知られるようになり、114歳で映画「Vinsent & Man」に史上最年長の
女優として本人役で出演したそうです。

男性は、ダブルの大還暦120年と185日(1865〜1986)間生きた日本人・泉重千代。

更に伝説を交えたお話しでは、エリザベス一世、シエークスピア、ダーウイン等々が眠る世界遺産
・英国のウエストミンスター寺院に152歳まで生きたとされる一介の小作農の男性が埋葬されています。

1438年イングランドの小村・ウイニングトンに生まれ独身を通し、80歳で初婚、子供が2人。
105歳で美人と不倫の子をもうけ教会で懺悔。112歳で初婚の妻が亡くなり、
125歳で未亡人と再婚。130歳でも元気で農作業。

1635年152歳の長寿の祝いでロンドンのチャールズ1世に招かれ謁見し名士に列せられ、
それが元で生活が一変、暴飲暴食がたたり昇天。子も孫も皆100歳を越える長寿であったそうです。
その人の名はトーマス・パー。

スコッチウイスキーで知られる「オールド パー」のラベルに描かれているあの白ひげ爺さんです。
その長寿にあやかり長年の熟成した逸品であることを示すために、彼の愛称にちなんで名付けられた
ものといわれています。

「オールド パー」を日本に最初に紹介したのは1871年(明治4)欧米使節団の特命全権大使・
岩倉具視の英国土産だそうですが、これをこよなく愛した吉田茂や田中角栄もなかなかトマス・パー
の年齢には及ばなかったようです。

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その2. 医療の今昔 

掲載:2010.08.02
               
                命拾い

7月19日(海の日)夕、突然の腹痛にて四街道徳洲会病院に急患入院。総合検査の結果、急性胆嚢炎
(大小交えて胆石を拾数個発見)、翌20日AM直ちに手術。術後の経過も順調にて、7月30日
無事退院をいたしました。(入院日数は12日)

手術・入院は約50年前に盲腸の手術した時以来でしたが、医学の進歩は目覚ましく、以前とは大違い。
手術の翌日から積極的に歩かされます。結果としてそれが治癒を早くすることになります。

徳洲会は一年365日、日曜・休日なし・24時間体制でいつでも患者を受け入れ(全国唯一)ている
全国最大の医療法人(総合病院70箇所、クリニックを含めると全体で約200箇所を展開)です。

特に私の入院した四街道徳洲会病院(自宅から車でも、モノレールでも近い)は、3年目前にオープン
したグループでは最新鋭病院。森に囲まれた環境下で、各種の最先端大型診断設備(フィリップスやGE等々)
を完備し、ホテルのようなゆったりとした静寂な院内環境の中で優秀なスタッフが質の高い医療を提供し、
地域医療に貢献しています。

因みに、医療法人・徳洲会の創立以来の一貫した基本理念は、

小医は病を癒し、

 中医は人を癒し、

 大医は国をいやし、

 徳洲会は世界を癒す。

             徳田虎夫(創立者・理事長)

この基本理念が病院の末端まで浸透していることを肌で実感しました。

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その3. 季節の栞

掲載 2010年8月9日

               立 秋

夏の夜空を彩る花火は熱帯夜を忘れさせる一服の清涼剤。
我が家は高台にあるので、幸いにもベランダから千葉港の恒例・花火の競演が良く見える。
煙火匠の競う華が一瞬の命に輝やいた後、少し遅れてずしんと腹に響く余韻がまた暑気を吹き飛ばす。
打ち上げ花火は彩と音の饗宴である。

然し、暦の上では早や立秋。おそらく鎮守の杜あたりからであろうか、耳を澄ませば秋祭りの
稽古の音が微かに夜風にのって来る。

     秋立つや 笛や太鼓のどこからか

                       寒山

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2010.08.11 掲載

その4.医療の今昔

               判断の倫理

本年7月17日に施行された改正臓器移植法により、脳死と判断された人は、本人の意思表示カードなどの
書面による脳死判定と臓器提供に同意がなくても、家族の承認で実施できるようになった。

この適用例の第一号は8月10日交通事故で頭部に外傷を受け脳死状態となった男性。

家族が、本人が生前に臓器を提供したいと話していたことに基づき脳死判定と臓器移植を承認し、
主要な臓器が直ちに全国で持ち望んでいた患者に移植されて命の所を変えた。

事故から脳死判定・移植承認までに要した期間は「僅か3日間」であった。


さて、それに付けて想い出すのは数年前の実話である。

私の担当するゼミに、富山出身の3年生で大学近くに下宿している男子学生がいた。

休日にバイクで市原市内を走行中に交通事故に巻き込まれて、救急車で姉ヶ崎の我が大学付属病院に担ぎ込まれたが、
そのまま意識は戻らず植物人間となった。

それが、何と!「約3ヶ月目」に奇跡的に突然意識を回復。その間の記憶は全くないという。

まもなく彼は健常者として学業に戻り、無事4年生の学業を終了して地元富山の福祉関連企業に就職し、
現在元気に活躍している。

交通事故により一時は植物人間になったが、両親の篤い祈りに応えて約3ヶ月目に奇跡的に生還した彼と、
早くも僅か3日目には生命維持装置を外された人との対応の天地の差はどこから来るのであろうか。

確かに、世に臓器移植を待ち望んでいる患者が多いことは承知している。それに応えるドナーが一人でも増える
ことを祈っているが、この課題を単に「需要と供給の理論」で進めるのはいかがなものであろうか。
「脳死の判定」は生命倫理に触れる神の領域に属する問題でもあるからである。

それだけに、単に法律の判断で決めてよい課題とは言いい難く、引き続き今後の慎重な検討と対応が不可欠
であろうと思われる。

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