横八会員投稿 No.451

題名:試練を越えて
投稿:伊藤 博 (7組)
掲載:2010.07.10

ウノ目タカの目

              試練を越えて 

千葉混声合唱団は来年創立60周年を迎える。本年の定期演奏会の演目のメインは、
シューベルトミサ曲第6番・変ホ長調。思い起こせば、前回は平成7年(1995)7月。
指揮・石丸寛でこの曲を唱ってから幾久しい。

宮廷礼拝堂聖歌隊員(11〜16歳)としての本格的な音楽教育を受けたシューベルトは、
後年ミサ曲6曲(1816〜1828)を含む45の宗教曲を作曲している。

中でも、ミサ曲第6番は荘厳かつ美麗な名曲として名高い。
しかし、この曲が発表された当時は長い間、カソリック教会当局から厳しく指弾された苦難の時期があった。

教会の通常ミサで常に唱う信仰告白(Credo)に定められている「三位一体信仰」並びに「教会信仰」から、
シューベルトのミサ曲第6番には「教会」が入っていない点を問題視されて、彼の魂の教会からの離隔及び
社会批判の証拠であるとして糾弾されたのである。

その後年月をかけた精緻な分析により、シューベルトのカソリック啓蒙イデオロギーへの接近を表明している
告白からみも、彼が教会の意図から決して離れていないことが徐々に理解されて、誤解は氷解、厳しい批判は消滅し、
この作品の慣熟せる深遠さが高く評価され今日に至ったのである。

この点に関しての私見を付記すれば、
シューベルトは、三位一体父なる神神の子キリスト聖霊を第一義として堅く信仰していたので、
「教会」はその聖霊の働きから派生したものとして
、その重要性は十分承知していたであろうから、
次元の異なる第二義的なもの
を入れなくても、信仰告白としてはなんら異論を感じない。

そこで、「聖霊の教義」と教会との関連、並びに「信仰告白」につき原典と現代邦訳文を下記に対比して付記し
参考にしたい。

1.聖霊の教義

「見えざる神の働き」を「見えるキリスト」として、人に神の命を与える役割をする神自身の働き(ニケヤ信条)。
神からのエネルギー。 
聖霊は神に対して人のために執り成し、人が聖霊によって内面から刷新されることにより「善良な行い」を
行うことができるようになる。

聖書全体が聖霊の所産。(ペテロU1:21) 聖書は不完全な人間が書いたものであっても、
聖霊によって書かれたものを聖霊(信仰)によって読むとき、聖書は完全無欠な神の言葉となる。
聖霊はこうして今日なお長い歴史の中で人々を導いている。

教会も聖霊により始まった。(使徒行伝2章)

聖霊は教会の中で、聖書を生きた神の言葉として語り掛け、時には、鋭く罪を迫り、時には優しく慰めに満ちた愛の言葉を、
様々な形で人に働きかける。そこで、人は悔い改め、御言葉による救い、きよめ、感動、そして失望から希望の喜びを得る。
教会は、聖霊により救われた人達の集まりである。

2.信仰告白(三位一体)

2世紀半ばころより、ローマ教会が信徒教育や洗礼時の誓約に用いられた「ローマ信条」を原型とし、4世紀初に定式化。
文面が下記に固定化したのは9世紀頃。

@原典・ラテン語Symbolum Apostolicum

Credo in Deum, Patrem omnipotentem, Creatorem caeli et terrae,

et in Iesum Christum, Filium Eius unicum, Dominum nostrum, qui conceptus est de Spiritu Sancto, natus ex Maria Virgine,
passus sub Pontio Pilato, crucifixus, mortuus, et sepultus, descendit ad inferos, tertia die resurrexit a mortuis, ascendit ad caelos,
sedet ad dexteram Patris omnipotentis, inde venturus est iudicare vivos et mortuos.

Credo in Spiritum Sanctum, sanctam Ecclesiam catholicam, sanctorum communionem, remissionem peccatorum, carnis resurrectionem,
vitam aeternam.
 Amen

Aカトリック(2004年日本カトリック司教協議会認可)

天地の創造主、全能の父である神を信じます。

父のひとり子、わたしたちのイエス・キリストを信じます。

主は聖霊によってやどり、おとめマリアから生まれ、ポンティオ・ピラトのもとで苦しみを受け、十字架につけられて死に、
葬られ、陰府に下り、三日目に死者のうちから復活し、天に昇って全能の父である神の右の座に着き、
生者と死者を裁くために来られます。

聖霊を信じ、聖なる普遍の教会、聖徒の交わり、罪の許し、からだの復活、永遠のいのちを信じます。アーメン。

Bプロテスタント(使徒信条)

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。

我はその独り子、我らの主・イエス・キリストを信ず。

主は聖霊によりてやどり、処女マリヤより生れ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、
死にて葬られ、陰府にくだり、三日目に死人のうちよりよみがえり、天に昇り、全能の父なる神の右に座したまえり。

かしこより来たりて生ける者と死にたる者とを審きたまわん。

我は聖霊を信ず。聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、身体のよみがえり、永遠の生命を信ず。アーメン。

                                      完

  
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掲載:2010.07.16
ウノ目タカの目

             VIVA 合唱!

同期・大川宗男君の企画・指導による「Ohkawa Singing Meets」のスタートを心から嬉しく思います。
プロ中のプロ・二期会会員のオペラ歌手から丁寧な指導を受けられるとはまたとないチャンスでしょう。
おなかの底から声を出して歌えば、心も軽く、明るく楽しく元気に、ルンルン気分!。出来るだけ多くの
方々が参加されるように祈っています。

7月から政令指定都市・千葉市でも、「うたともクラブ」というNPOが主催(後援・市教育委員会、
社会福祉協議会)して、低料金(1000円)、毎回午後3時間程度大ホールを借り切って歌う試みが始まりました。

プロの指導は無いようですが、大画面に向かって客席から大合唱するのが特徴のようです。

7月(2回)は「昭和夏物語」と銘打って、夏の懐メロソング、8月(3回)は「昭和の秋を歌おう」で、
童謡、叙情歌、フォーク、シャンソ等々想い出の歌を唱って昭和を懐かしむという趣向です。

歌は心の栄養です。これをきっかにして、どこかの合唱団に入って更に趣味を深めるのも良し、
うたとも熱唱劇場の各地への拡がりが期待されます。