横八会員投稿 No.445

題名:歴史探訪、学徒出陣
投稿:伊藤 博 (7組)
掲載:2010.06.15

歴史探訪

              学徒出陣

昭和18年(1943)10月21日、明治神宮外苑競技場にて開催された学徒出陣壮行会は、
全国77大学より2万人を超える学生が制服で銃をもって行進。観客席は約6万5千人の見送る
家族で溢れた。

学生を代表して答辞を読んだのは、江橋慎四郎・元東京大学文学部教授(当年89)。
「生等もとより生還を期せず」との宣言文は名文として高く評価された。
江橋氏は航空整備兵として内地に止まり生を得たが、大多数の優秀な学生が戦場の露と消えた。

江橋氏は教え子に囲まれた卒寿を前にして、学友を悼む積年の沈黙を破り、
「実は、宣言文は国文学の先生の添削によるもので、自分は幸せではなかった」
と当時の胸中を吐露(6月14日読売新聞)している。

戦争の傷跡は数十年を経ても癒すことは出来ない。生まれた時代に翻弄された青春の残滓である。

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追補

  参考までに、WEBにて検索した前述の宣言文を下記の通り添付する。

明治神宮外苑は学徒が多年武を練り、技を競ひ、皇国学徒の志気を発揚し来れる聖域なり。
本日、この思ひ出多き地に於て、近く入隊の栄を担ひ、戦線に赴くべき生等の為、斯くも厳粛盛大なる
壮行会を開催せられ、内閣総理大臣閣下、文部大臣閣下よりは、懇切なる御訓示を忝くし、
在学学徒代表より熱誠溢るる壮行の辞を恵与せられたるは、誠に無上の光栄にして、生等の面目、
これに過ぐる事なく、衷心感激措く能はざるところなり。

 思ふに大東亜戦争宣せられてより、是に二星霜、大御稜威の下、皇軍将士の善謀勇戦は、よく宿敵米英の勢力
東亜の天地より撃壤払拭し、その東亜侵略の拠点は悉く、我が手中に帰し、大東亜共栄圏の建設はこの確固として
磐石の如き基礎の上に着々として進捗せり。

 然れども、暴虐飽くなき敵米英は今やその厖大なる物資と生産力とを擁し、あらゆる科学力を動員し、我に対して
必死の反抗を試み、決戦相次ぐ戦局の様相は日を追って、熾烈の度を加へ、事態益々重大なるものあり。
時なる哉、学徒出陣の勅令公布せらる。予ねて愛国の衷情を僅かに学園の内外にのみ迸しめ得たりし生等は、
是に優渥なる聖旨を奉体して、勇躍軍務に従ふを得るに至れるなり。豈に感奮興起せざらんや。

 生等今や、見敵必殺の銃剣を提げ、積年忍苦の精進研鑚を挙げて、悉くこの光栄ある重任に捧げ、挺身以
頑敵を撃滅せん。
生等もとより生還を帰せず。在学学徒諸兄、また遠からずして生等に続き出陣の上は、屍を乗り越え乗り越え、
邁往敢闘、以て大東亜戦争を完遂し、上宸襟を安んじ奉り、皇国を富岳の寿きに置かざるべからず。
斯くの如きは皇国学徒の本願とするところ、生等の断じて行する信条なり。

 生等謹んで宣戦の大詔を奉戴し、益々必勝の信念に透徹し、愈々不撓不屈の闘魂を磨礪し、強靭なる体躯を堅持して、
決戦場裡に挺身し、誓って皇恩の万一に報い奉り、必ず各位の御期待に背かざらんとす。決意の一端を開陳し、
以て答辞となす。

             (「海ゆかば」斉唱)

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