2. これまでの記録と以降の計画            

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場所は特記なき限りヴエルグよこすか内会議室です。
     横須賀市日の出町1-5 TEL 046-822-0202
      室は当日入口正面の案内板をご覧下さい。
場所案内ボタン

時間は特記なき限り午後2時〜4時です
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八期会の頁 レクリエーションの頁 横八会員投稿の頁
八期会インホメーション 囲碁同好会の頁 横八会員自作のHp頁
ゴルフ同好会の頁 母校、朋友会の頁
回数 講師
何人目
何回目
担当講師 卒業組 演題 内容
レポート
102 2009 12月 24日
101 11月 26日 3回目 倉田健司 7組 箱根・足柄の古道
100 10月 22日 2回目 八田羽栄一 7組 野外研修
城ケ島の植物観察
99 9月 24日 47 千葉恭義 6組 証券界は本当に進化したのか
98 8月 27日 2回目 吉沢達郎 8組 映画の話 Part-2
97 7月 23日 4回目 今成伸二 8組 千姫とその養女
96 6月 25日 4回目 赤池達也 4組 大恐慌(1929年)の再来はあるか?

6月 10日   野外丑寅   あさりほり金沢八景駅9:30集合
95 5月 28日 46 吉本敏克 3組 題は「劣等生の河原乞食物語」と
見事な寸劇が披露されました。
94 4月 23日 3回目 三野勝義 6組 フランス近代詩を歌で聴く
93 3月 26日 3回目 伊藤義郎 8組 泣き笑い、海外駐在員
92 2月 26日 45 互井 稔 東海道・自転車の旅
91 1月 22日 2回目 原田雄二 7組 英国古城カタコト英語一人旅

90 2008 12月 25日 44 小川泰弘 7組 我が拙劣なる4つの趣味・特技
89 11月 27日 2回目
梶川 諭
伊藤 博
1組
7組
三浦一族
@三浦一族の日本史の中での役割
A全国の三浦さんを訪ねて 
88 10月 23日 6回目 安藤浩 6組 第86回、「ヨーロッパの旅」の続編
87 9月 25日 43 小松秀洋 4組 証券関係について
86 8月 28日 5回目 安藤浩 6組
ヨーロッパ 鉄道の旅 1500km」
ー 母なるドナウ、父なるラインを下るー
  ウイーンからコブレンツ迄
85 7月 24日 3回目 飯田恵一郎 8組 旗琉(キリュウ)信号と海運よもやま話
84 6月 26日 2回目 山口明雄 7組 素人のオペラ観賞 Part 2
オペラ創世記から現代のミュージカルに
続く流れ。
83 5月 22日 3回目 今成伸二 8組 Woman Power 篤姫
82 4月 24日 5回目 寺西順一郎 8組 認知症はなぜ見過ごされるのか、
ー医療体制を問うー
81 3月 27日 42 保坂虎重 1組 牛のお灸、人間のお灸
80 2月 28日 3回目 赤池達也 4組 サブプライムの話、他
79 1月 24日 3回目 金塚彰夫 3組
ベース歴史ツアーのボランティアガイドで
参加して

78 2007 12月 27日 4回目 安藤浩 6組 唐の都 長安
77 11月 22日 3回目 村田弘顕 8組 ホームシテー・ピアレントとして過去23年間、
留学生の世話をしての体験から
76 10月 25日 41 太田博隆 6組 「趣味が本屋で、仕事も本屋。出版流通の出入口」
              =低空飛行の迷経営=

75 9月 27日 2回目 吉田隆司 8組 老人性白内障について
74 8月 23日 40 本間慎司氏 招聘
講師
我々の在学中、体操の本間さんとして記憶に残る
本間先生に登場をお願いし、現在のライフワーク「気功」
について話して頂きました。
73 7月 26日 39 下里一也 7組 指揮官
72 6月 27日 38 山口明雄 7組 素人のオペラ観賞
71 5月 24日 37 永橋為成 6組 我が師、「建築家・吉村順三の世界」
70 4月 26日 2回目 梅澤加枝 1組 生花について
前半は生花に関する諸々の知識、そして
後半は家元制度、免状、収入などの生臭い
話題も加わり大いに盛り上がりました。
69 3月 22日 36 堤箸 滋 7組 トン・ツーよもやま話
彼の船舶無線士としての経験や
様々な体験を話して呉れました。
68 2月 22日 3回目 大室隆生 7組 韓国情報 Part3 
今回の料理の話を含め多分野に亘る
生の韓国情報は、隣国を知る上にも
大変参考になりました。
67 1月 25日 2回目 大室隆生 7組 韓国情報 Part 2
生きた情報に教室はエキサイトし途中で
時間切れ。続きは次回へと持越しです。

66 2006 12月 28日 4回目 寺西順一郎 8組 医療制度改革の概要と病院患者の
対応方法について
65 11月 23日 2回目 八木長忠 8組 第27回「人間のルーツの考察」続編 
64 10月 26日 4回目 安藤浩 6組 ニュールンベルグ裁判
63 9月 28日 4回目 河崎清二 2組 東京裁判
62 8月 24日 3回目 安藤浩 6組 「漢詩の話」(詩人の魂 その時代と背景)
61 7月 27日 2回目 飯田恵一郎 8組 英米文学雑感
60 6月 22日 2回目 倉田健司 7組 丹沢の山々、その特異な山塊
59 5月 25日 2回目 赤池達也 4組 金融の大変革期を迎えて、
年金生活者の賢い貯蓄は
58 4月 27日 35 梅澤加枝 1組 歌舞伎について、雑談いろいろ
57 3月 23日 2回目 近藤礼三 6組 橋とセメント、コンクリートの知識
56 2月 23日 34 大室隆生 7組 韓国情報
55 1月 26日 33 吉沢達郎 8組 映画の話

54 2005 12月 22日 3回目 寺西順一郎 8組 倒産、汚職事件、調停
(自らの体験をお話します)
53 11月 24日 2回目 金塚彰夫 3組 Assasin(暗殺)とHashish(麻薬)
52 10月 28日 2回目 今成伸二 8組 JR時刻表駅名の旅
51 9月 22日 2回目 八代 紳 8組 日本酒の話
50 8月 25日 32 梶川 諭 1組 和菓子の話
49 7月 28日 4回目 河崎清二 2組 終戦60年、8月15日前後の微かな記憶
48 6月 23日 2回目 原 慶治 1組 口腔医療について
47 5月 26日
特別見学会
記念艦「三笠」見学会
46 4月 28日 31 伊藤義郎 8組 私の中国 Part-2
45 3月 24日 30 渋谷 伸 3組 酒を飲ませた奴が悪い。
交通事故の相談ノートから。
44 2月 24日 29 岩下 聆 8組 スポーツを楽しんでP・P・K、”スポーツとは
なんだ”
43 1月 27日 28 伊藤義郎 8組 私の中国 Part-1

42 2004 12月 23日 3回目 河崎清二 2組 プロ野球放談
41 11月 25日 27 梅田英子氏 招聘講師 ともに生きよう 男女共同参画社会
40 10月 28日 2回目 寺西順一郎 8組 脳卒中からの復帰
39 9月 30日 26 原 慶治 1組 歯と健康
38 8月 26日 2回目 安藤浩 6組 漢詩の話
37 7月 22日 25 小池俊雄 8組 競輪
36 6月 24日 24 小笠原長武氏 招聘講師 学習院こぼれ話
35 5月 27日 23 足立政隆 4組 ヨットに関する話
講習会 5月 18日
山本智彦
゚ソコン講座第4回:デジカメソフト、
Photoshop Elements その2

講習会 4月 23日
山本智彦 8組 ゚ソコン講座第3回:デジカメソフト、
Photoshop Elements その1

34 4月 22日 22 原田雄二 7組 年金の話
「60歳、65歳を迎える奥様の年金受給、
これだけ知っていると、奥様に大きな顔が出来る。」
講習会 3月 25日
山本智彦 8組 パソコン講座第2回:デジカメ入門
33 3月 11日 21 下里力也 8組 「まぐろの話」あれこれ
講習会 2月 16日 20 山本智彦 8組 パソコン講座第1回:パソコン入門その1
32 2月 26日 2回目 村田弘顕 8組 第30回「日常良く見る整形
外科の疾患」が好評により
その続編。
31 1月 29日 19 松尾裕夫氏
26期
昭和初期の横須賀の状況
横須賀中学校
陸軍士官学校の思い出

30 2003 12月 25日 18 村田弘顕 8組 日常良く見る整形外科の疾患
29 11月 27日
須田宏
同  Part-2
28 10月 23日 17 須田宏 3組 Fuzzyの話 Part−1
27 9月 25日 16 八木長忠 8組 人間のルーツの考察
26 8月
15 鮎川幸司 3組 暗号システムとデジタル署名について
25 7月
14 八田羽栄一 7組 花のことあれこれ
24 6月

寺西順一郎
その2
23 5月
13 寺西順一郎 8組 水と暮らし、その1
22 4月
12 吉田隆司 8組 私立校の学校経理
21 3月
2回目 河崎清二
銀行不良債権に関する知識
20 2月
11 河崎清二 2組 私の思い出、神奈川新聞への投稿
19 1月

金塚彰夫
その2

18 2002 12月
10 金塚彰夫 3組 グライダーの知識、その1
17 11月
2回目 三野勝義
その2
16 10月
三野勝義 6組 宗教諸々の話、その1
15 9月

八代紳
その2
14 8月
八代紳 8組 遠野物語を尋ねて、その1
13 7月

今成伸二
その2
12 6月
今成伸二 8組 スリランカ・会津、その1
11 5月

岩崎孝
その2
10 4月
岩崎孝 6組 鉄道信号の知識、その1
3月

飯田恵一郎
その2
2月
飯田恵一郎 8組 海上輸送、その1
1月

近藤礼三
その2

2001 12月
近藤礼三 6組 私が仕事をした国、その状況と印象、その1
11月
赤池達也 4組 証券市場の機能と役割、資産運用、etc.
10月
倉田健司 7組 公務から解放されて、不良債権の知識
9月

安藤浩
その3
8月

安藤浩
その2
7月
安藤浩 6組 中国の知識とよもやま話、その1
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第92回  2008.10.23  
  (今回、近藤は欠席のため当日のレジメのみを以下に掲載します。)
講師  安藤 浩
題名  欧州鉄道の旅 1500Km  その2


1) 旅行先各地の写真
(2) オーストリアについて
    1. 面積 8万3858Km2  人口 約770万人
    2. 国名の由来、国旗の由来
    3. ホーフブルグ(王宮)、ザンクト・ステフアン(教会)の建てられた時期は
    4. ペストについて
    5. ウイーン攻防
(3) ドイツについて
    1. 面積 35万7042Km2  人口 約7,800万人
    2. 木組みの家
    3. ミュンヘン市の紋章と旗
    4. 塩の町 ハル
    5. フランクフルトについて
       5.1 欧州金融の中心地とロスチャイルド
       5.2 金印勅書と7選帝侯
       5.3 ライン河についてーーーリーメンス、ローレライ
    6. ドイツの学区制と徴兵制度
(4) 旅の所感 

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31回の報告  9月25日(木)  午後2時〜4時    総員20名
      今回、我々の大先輩の下記の方が参加され、冒頭の約20分間と限られましたが
      先輩の得がたい話をして頂きました。
      氏名  松尾 裕夫氏  横中26期  現在82歳
      先輩は朋友会誌(平成15年9月1日 第59号)の5頁、「中学26期生文集発行」の
      記事の投稿者であります。先輩は横中から陸士へと進まれ太平洋戦争、そして
      戦後の日本を身をもって体験されました。
      そして何よりもご年齢には全く見えない、我々と同期と申しも過言ではないほど、
      心身共にかくしゃくとしておられ、我々が見習わなければならない方であります。
      1月例会には講師としてお招きし、その貴重な体験をじっくりとお聞きしたいと
      思います。  
     
  講師 八木 長忠 (8組) 題名「人間のルーツの考察」
      「全世界の人々」に「共通の祖先」が存在したであろうということは、学会でも
      認められ、考古人類学上、発掘された「石器と骨」から推定約100万年前とされ、
      その後「ジャワ原人」、「北京原人」、「ネアンデル タール人」等を経て現代人に進化したと
      いうのが最有力説であり我々の常識でもありました。
      ところが1887年1月、アメリカ、カリフルニア大学のバークレイ校のウイルソン研究所の
      遺伝子学者グループによりこの定説を覆す研究結果が発表されました。
    「要約」
       世界各地の人の「ミトコンドリア」の遺伝子を調べた結果、「全世界の人々」共通の
       「母方の祖先」である 「イヴ」と仮称する一人の女性が存在していたのは、わずか
       「約20万年前」のことでありました。
       そしてこの中の一集団に属していた「イヴ」は黒い髪、黒い肌、筋肉質で逞しく、
       そして子供の世話をしながら食べ物を探し「アフリカのサバンナ」を歩き回る多産で
       遺伝子の活力十分な女性であり多くの子を残しました。
       そしてその子孫が後世に増加し、9万年前から18万年前の間にその子孫の一部
       はアフリカを出て、各地の先住民族と入れ替わりながら全世界に広がった、
       と言う説です。
       そして現在の「全世界の人々」とは彼女の子孫であり、「イヴ」は約10,000代前の
       「母方の祖先」であり、これまでの常識とされていた「ジャワ原人」、「北京原人」、
       「ネアンデルタール人」等は我々人類の直接の先祖でない、という言わば人類学の
       「地動説」とも称される画期的な研究結果です。

       今回は八木君がナイジェリアに滞在中、車の渋滞中窓拭きのボーイから偶然
       に買った1988年1月11日付けのNewsweekの記事「The Search for Adam & Eve」
       をテキストに、「現代人のルーツ」を追うロマンの話でありました

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28回  10月23日  講師:須田 宏 (3組)   題名:Fuzzyのはなし その1
     講師は「フアジイ数学入門・ソフトサイエンスの基礎と応用」の著者である慶応大学教授。 
     「「皆さんは10数年前、家庭電化製品のキャッチフレーズとして、「フアジイ」という言葉が
     使われたのをご記憶でしょうか。」」という出だしから始まり、日頃大学生や専門
     技術者を相手とするフアジイ理論の考え方を、我々が怖気つかないように大変判り
     易く説明してくれました。
     内容:フアジイ理論の歴史、あいまいさ、フアジイ集合とメンバーシップ関数、フアジイ゙関係
     次回は後半に入ります

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第29回 11月27日 講師:須田 宏 (3組)  題名:Fuzzyのはなし その2
    今日はFuzzyの基本的な要素の話です。
    私も帰宅後復習のためテキストをめくり以下を書きました。
    Huzzyの命題とは
      数学では「XはPである。観客は1,234人である。」等、定量的にピタリと
      主語、述語でYes,Noが明確に定まる単細胞的論理。これを2値論理に
      おける命題という。
      一方、「観客は多い」、「体温は多少高い」等、抽象的な語句で修飾し
      ピタリと決め難い表現、これぞHuzzy命題という。
      後者のあいまいさを論理的、学問的に体系付け、分類、応用していく
      理論だ、と、私は単純に自己解釈した。
       (もっともっと奥が深いのですが、この程度が私の限界で須田君には
        申し訳ありません。)
     今回はさらに「Huzzy理論」「一般のHuzzy推論」「Fuzzy制御」と話を進め、
     最後に電気炊飯器、エアコン等が我々の周辺にHuzzy理論がどのように
     応用されているのかを話してくれました。
     本日須田君は病院から会場に到着、講義が終わり再び病院へ戻りました。
     彼の一日も早い回復を我々は待ってます。 
       
     追記:我らの仲間、須田宏君は4月26日、遂に帰らずの人となりました。
        八期会一同、彼のご冥福を心からお祈り申上げます。(合掌)

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第30回  12月25日  講師:村田弘顕君 (8組) 
        題名:日常よく見る整形外科の疾患(腰痛、間接痛等)について
     我々が年齢的に是非聴きたい議題でもあり、今回は男性約20名、そして
     女性側約10名の合計約30名というこれまでの最大の生徒数。
     朋友会からも事務局の里見さんがお見えになりました。
     今回の講師は整形外科病院を営む現役パリパリの病院長。
     講義は整形外科とは、という話からスタートし腰痛、関節痛、骨そしょう症、
     間接リウマチ、五十肩等の症状を、自分で撮影した貴重なレントゲン写真のスライド
     を写しながら資料を加え、そしてユーモアを交え大変判り易く説明してくれました。
     生徒全員は大満足、急遽2月の例会に今回の続編を行うことが決まりました。                    

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第31回  平成16年1月29日 講師:松尾裕夫氏 (横中26期卒)
        題名:昭和初期の横須賀の状況、横須賀中学校、陸軍士官学校の思い出
                          聴講者 約20名
     松尾氏は大正9年(1920年)に誕生され現在83歳、横中26期の御卒業です。
     先ず驚くのは我々の同世代と見間違うほどに若々しく心身共にご健康であること
     でした。
     氏は長崎県下波見村(現在のハウステンポスの近傍)のご出身、父の職業の関係で韓国の
     南端、釜山に隣接する軍港鎮海を経て1926年横須賀に移住し、昭和8年(1933年)
     諏訪小学校から横中に入学されました。
     そして幼少の郷里や鎮海、大正から昭和へ移る横須賀の街並みや当時の帝国海軍
     横須賀基地内の状況、軍事色が次第に濃厚になり生々しさを増す政局、国民に
     隠されたノモンハン事件の惨敗、3,15から2,26事件へと移行する時代の流れ。
     この時代の横高の前身、横中の当時の学生や市中の生活、陸軍士官学校においても
     身近に感じる第二次世界大戦の敗色、悲惨な戦況は国民にベールで隠す世相などを
     2時間にわたり話して頂きました。
     陸士卆のご年配というと我々はあるイメージが浮びますが、全く正反対で非常に
     リベラルな考え方をされているのに感銘を受けました。

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第32回 2月26日 講師 村田弘顕君 (8組)
     題名:日常良く見る整形外科医としての疾患、その2
     昨年12月例会が好評につき、その続編です。  出席  23名
     
     本日の話してくれた病名は次の通りです。
     ねちがえ、こむらがえり、腱鞘炎、かん入爪(カンニュウソウ)、鶏眼(ウオノメ)、
     骨棘(コツキョク)、ガングリオン、テニス肘、外反拇指、ギックリ腰、挫創、肩こり、熱傷、異物。
     以上のように我々が身近に聞く病名、罹った病名、あるいは始めて聞いた病名
     などこれぞ勉強会の賜物です。
     私のメモと記憶から拾い出します。
     1.ねちがえ、こむらがえり
       治療:暖める、マッサージが効果がある。
          マッサージには俗に警察法(ケイサツホウ)といって覚える<さすり><しあつ>
          など6種類がある。
     2.かん入爪(カンニュウソウ):爪の左右の角端が伸びる病気。 
       注意:やたらに角端を切らない。綿を詰めると効果がある。
     3.骨棘(コツキョク):踵骨に棘様の骨が出来る病気で痛みで歩行に支障。
     4.カングリオン:手首に出来る。中に水が溜まる。むやみに皮を破り水を出さないこと。
     5.テニス肘:家事の多い女性が罹り肘の外側に出来る。シップ、包帯が効果がある。
     6.外反拇指:殆どが女性で原因の大半は靴にある。
     7.ギックリ腰:重いものを持った時、不自然な動作等にて生じ、突然に起きるので魔女の
            一撃とも言われる。
     8.肩こり:なで肩の美人が多いので美人は要注意。
           また肩こりの原因がガンであり手遅れだったことがる。異常な肩こりはバカに
           しないこと。
     9.切断:素人が動脈を圧迫し出血を抑えきることは難しく、断端を清潔な布等で押さ出血を
          少なくし皮膚を出来るだけ残すことが後処理を容易にさせる。
          一方切断された断片は捨て捨てずに直ちに清潔な布等で巻き廻りを冷やすこと。
          水や薬品に漬けたり軟膏を塗ったりキズドライ等を行いうと再接合を不可能にさせてしまう。
    10.座薬:患者には色々な人がいて
          座薬とは座ってつける薬だと思って座ってどうつけるのか尋ねられたり、
          剥いて食べてしまったり、と様々です。
    11.熱傷:熱傷部分が死致に至るのは昔は30%以上、最近では50%以上と言われ稀には
          80%の熱傷で助かった例もある。
          やけどをした時の処理は
          1.即水で冷やす。15分以上。
          2.洋服を着ている時には、やたらに脱がせず上から水で冷やせ。
          3.水泡を破るな。
            パンテーストッキングを履いた娘さんが出来立てのラーメンを足に落とした。
            直ちに水で冷やせば良いのに、パンテーストッキングを脱いでから冷やした。
            そのためにタイミングの遅れと水泡が破れ、熱傷のダメージを大きくした
            例がある。
    12.異物混入:実に様々な異物がありご注意を。
          身近な例としての要注意は<おしりの針>である。
          座布団に針が残っており、そこにドシンと座ってブスリ。針は奥深く進入し
          深く広範囲の切開が必要であった。
          <呼吸困難>呼吸停止3分で脳に支障を来たす。救急車到着は5分が限度。
          口からの異物の混入にご注意を。
    以上、私の記憶違いで違っておりましたらお許し下さい。  (近藤)

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第34回 年3月11日 講師 :下里力也(8組) 
          議題 :「まぐろの話」あれこれ    出席 24名
   
   下里君は根っからの海好きな男。社会人になりまずはまぐろの調査船の一員としてに乗り
   込んだので最初だそうです。
   当時、南氷洋捕鯨が盛況を呈していましたが、捕鯨から戻った船は次の出番まで約半年は眠って
   おり、これらの端境期の有効活用も調査目的の一つとしで世界の海を隈なくまわり船乗りの醍醐味
   を覚え、27歳の時にまぐろ船の漁労長になったそうです。
   日本人のまぐろに拘る昔の話から、彼が船乗りになってから以降今日に至るまでのまぐろ漁業の
   技術の進展、まぐろに関する社会的環境の諸変遷を話してくれました。
   その主な項目を書いてみます。
    1.昔々、寿司と言えば、上方の押し寿司が幅を利かせていたが、江戸時代の後期に醤油の登場
      と共に、まぐろの刺身を醤油につけてぱっと食べる、というきっかけから日本人とまぐろ
      の相愛が始まったようです。
    2.昭和30年に入り、外貨獲得のためににまぐろを輸出しようという国策から世界的な漁場の開拓、
      それに伴う大型船化、冷凍設備の進歩、保冷温度ー60℃となり鮮度保持の技術的な進歩等で
      まぐろ漁業は飛躍的に躍進した。
    3.昭和50年に入り、世界中の海洋国から日本船の締め出し、200海里の領海主張等で規制が
      強くなり漁獲量の低減から大手水産会社がまぐろ商売からの撤収、代わりに日本の商社は
      韓国、台湾に資本と技術を与えまぐろを捕らせて輸入する流れを通常化するにつれ、日本の
      まぐろ漁業の衰退が顕著になった。
    4.以下私のメモの断片より。
       1.まぐろは100kgぐらいのものが一番うまいと言われる。 
       2.昭和30年頃、近畿大学の先生がまぐろの養殖技術を開発、養殖ものは30kgぐらいで締めて
         出荷する。また最近では市買の大トロの大半は養殖物だと言われている。
       3.延縄(投げ縄との言われる)の長さは130〜150km、作業は時には13時間から15時間の
         連続となる。
       4.まぐろ漁船の大きさは500トン以下に規制されており、現在は499トンの標準船が普通であり
         乗組員は23名程度、積荷の積載量は480トン、船内設備は昔とは雲泥の差で完備されている。
         船の価格は3隻一括注文で10億円程度、実用的な寿命は12〜18年程度のようだ。
    5.今回は最近のまぐろ船の状況、延縄漁場の実際のビデオや延縄に使うロープ、釣り針などの
      実物を持参し、我々に見せてくれました。

    さすがはその道一筋のまぐろ・プロ、持ち時間の2時間はあっと言う間に来てしまい、大変楽しく
    我々同期の二十数名だけで聴くのは勿体無いくらいの授業でした。
    二次会はその感激を引きずり参加の総勢17名。下里君ご持参のまぐろを肴に午後8時過ぎまでカラオケを
    交え楽しく有意義な1日でした。                   (文責近藤)

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第36回 4月22日  講師:原田雄二君 (7組)
          題材:年金の話 「60歳、65歳を迎える奥様の年金受給について。これだけ知って
                   おくと奥様に大きな顔が出来る」
    今回は現在最も我々が身近に感じ、かつ日本の大きな課題となっている年金ニ関する話です。
    講師は千葉県流山市在住、社会保険労務士として地元の市及び郵便局の相談員を経て、現在米国人経営の会社の
    顧問として活躍中の現役。
    今回の講義の項目は
      1.年金制度3階建ての仕組み、我等の年金はどうなるのであろうか?
      2.我等の年代の奥さんは65歳を迎える年代。そこで60歳、65歳を迎える奥さんの年金受給は?
      3.現在話題の共済年金、国会議員互助年金法、年金積立金の見通し。
    等々、数値や表計算資料をまじえて詳しい説明を受けました。
    
    その中で私が印象に残ったのは次の点です。
      1.我等の年金は、この6月の受給分から物価スライドにより0.3%ダウンする。
      2.妻が65歳になると加給手当(配偶者手当:年間263,100円、月割21,925円)が無くなり、
        老齢基礎年金(国民年金)が受給できる。
        更に誕生年に応じて振替加算が受給できる。
        ーーーーーー離婚は65歳から、年金は長生きがお得です。−−−−−
      3.奥様が65歳を迎える2〜3ヶ月前になったら、最寄の社会保険事務所に2人揃って、年金相談に行くこと
        である。最近の事務所は以前と違い懇切丁寧に説明してくれる。是非ご利用願うことを薦めます。
  
                                      (文責近藤))

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第39回 5月27日  講師 足立 政隆 (4組)   題目 「ヨットに関する話」
     
     講師は大学時代ヨット部に所属し、主に横浜本牧港を足場に練習に励みました。
     切出しは、「皆さんヨットというとカッコいい、一度乗せてくれよ。」と言われますが、ヨットは危険な
     スポーツ、初心者などとても怖くて乗せられるものではありません。」からスタート、そして諸々のルール説明、
     ヨットの種類、ヨットはなぜ走るのか、基本的な紐の結び方、etc。
      後半はヨット練習初歩の46分間のビデオを観賞しました。

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第40回 6月24日  講師 小笠原 長武氏 (客員講師) 題目 「学習院こぼれ話」
     
     小笠原氏は丑寅エイト開設以来始めての横中、横高出身以外の講師で安藤浩君(6組)が就職した時の
     会社の10年先輩。と言いますとそれなりの年齢ですが実にお若い。
     我々と同年輩とも言っても過言ではありません。
     安藤(以下君を略)とはなぜか気が合い以降お付合いが続いており、6月5日の同好会レク「横須賀の近代史を学ぼう」
     にも参加なさいました。
     さて、姓の「小笠原」からお判りの通り小笠原家と繋がりのある九州小倉の高貴のご出身で昭和9年学習院
     初等科に入学、同15年卒業、中等科を同20年に卒業、高等科の学生を経て学習院大学を同24年に卒業されました。
     つまり戦前、戦後の変遷する学習院の教育と生活を体験された貴重な方であります。
     さてこのように書きますと、さぞや浮世に疎い雲上人と思いますが正反対。
     安藤との長い間の男の付合いが続いているのでお判りの通り、博識で健全な意志とユーモアを兼ね備えた
     素晴らしい人物です。
     今回は学習時代の体験から話がはじまりました。
     以下、私のメモから要点を記します。

     1.当時の学習院の校長は伝統的に海軍大将が勤め、華族の子弟を軍人に育てる教育を基本としました。
       そして皇族は必ず軍人にならなければならない制度があり、華族という名前から世間で想像すると
       優雅な教育と想像されますが、正反対のスパルタ教育が基本でした。
       しかし生徒は本来はお坊ちゃま。なかにはどうみても軍人には不向きな方もそれなりにおりました。
     2.初等科の時から「教學聖訓」なるバイブルを必携とし常時カバンに入れていました。 
        (今回その実物を回覧、古文、漢文混じりで、私が内容出来るのは1/4程度です)
     3.グループに宮様がいると、周囲は宮様に「威を駆る」感も無きにしもあらずでありましたが、
       院内では全て平等、身分による差別は一切ありませんでした。
     4.教育には軍事教練がありました。
       指導教官の中にはたたきあげの特務尉官もおり、学生の気風として兵学校出身者に比べなんとなく
       疎んじる気持ちも否定出来ませんが、昨今の教師を軽んじ舐めてかかる気持ちとは違います。
       傑作なのは野外演習の夜間訓練の時、指導教官の伝令を大勢の訓練生が耳から耳え伝達する
       訓練がありました。その時の特務教官の渾名はクソまじめなので「バカ特」。
       伝令を伝えているうちに途中の誰かがいたずらをしたのか、以降の伝令がそのまま最後の実直過ぎる
       学生に伝わり、彼が教官に伝令を報告する時に、「バカ特殿に申し上げます。」と大声で言ったので
       一同大笑い。こんないたずらもありました。
     5.印象に残るのは戦争末期に赴任した山梨院長の偉大さでした。
       この方は学生の名前を全て記憶する才能の持ち主で、個々の学生の人格を重んじ、学生を呼ぶ時には
       必ず「さん」付けで呼びます。
       院長は海軍大将の身分、ある時、徴兵を受け二等水兵の身分の岡本という学生(後年東大教授になった人)
       に対面、「岡本さん、海軍の生活はどうだろう」と静かに問い掛けた話は有名です。
     6.戦後直後
       進駐軍の兵隊がジープで学習院に乗り込んで来ました。
       皆萎縮しているなか、下りて来たのは若いインテリの尉官。
       その控えめな態度に一同すっかり感心、見事に4時間で洗脳されたそうです。
       アメリカという国はこのような対応にも素晴らしいノウハウを持っているのですね。
     7.昭和22年、分科甲類を卒業する時に書いた「卒業に当りて」の原稿用紙約6〜7枚の作文を
       朗読してくれました。
       内容は多岐に渉る素晴らしい作文で、特にその中の戦後の学習院の生徒の変りようを憂いる下記の
       項目です。
        1.学習院学生の学校を思う気持ちばかりか外見も薄くなっている。
        2.帽子を被らない学生が多くなっている。つまり学習院の学生たるプライドを失いつつある。
        3.学生の礼を重んじる心が薄くなっている。
          つまり目上の人、教師や親に対する尊敬心を失いつつある。
       そしてスポーツの振興に務め、学生の関心を呼び戻して欲しい、と結んでいます。

    昭和24年、学習院大学を卒業後、当時の闇屋まがいの仕事をしている時、母親が当時の学習院院長の
    安部能成に相談、ボート部の先輩である秋本氏(当時埼玉銀行頭取)の世話でデーゼル機器に入社。
    そして10年後に安藤が入社して来たそうです。
    デーゼル機器を60歳で退社、一時期SECOMの役員を経験しSECOM企業のドライな人事に世の様変わりを
    感じたとのことでした。
    そしてつい最近の2年間、宮中参殿として新年の聖典に従事、その様子を語ってくれました。

第41回 7月22日  講師 小池俊雄  8組  題:競輪
    これまではどちらかと言うと真面目なお堅い話が続きましたが、今回はがらりと議題を変え「競輪」。
    小池君は根っからの競輪フアン。
    そこで是非一度競輪について語って欲しいとの我々の願いに答えてくれました。
    先ずは彼が競輪のとりこになったきっかけ、そして競輪がかっては世間から「バクチ」という色眼鏡で
    見られる異端な世界から平成8年のアトランタ五輪大会では柔道に次ぎ日本が生んだ二つ目のオリンピック競技種目に
    加えれる地位にまで高められるようになった歴史、国内の諸施設、競技の種類、競争方法、戦法、違反行為、
    車券の種類、必勝法、レースの駆け引き、競輪の醍醐味、車券の買い方等々、競輪を愛する彼ならでの話を
    してくれました。
    最後にこの数年間の彼の投資実績を説明し、競輪フアンには破滅する仲間もいることは否定できないが、
    彼は決して家計には危害を及ぼさない範囲で勝負を行い、勝負の醍醐味を味合わしてくれる競輪は、
    自分の生甲斐の一つであると結びました。
    

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第42回  8月26日  講師 安藤浩  6組  演題:漢詩の話

    今回は例会の翌日、講師から出席者に送られた補講を掲載します。

    お早う御座います。
     昨日は講聴有難う御座いました。昨日の話で若干話が散漫に成った点があるので、
     項羽の 「垓下の歌」に続く話をします。
 
         垓 下 歌    項    羽(BC232−BC202)
       力   抜   山   兮   気   蓋   世  力山を抜き気は世を蓋う(おおう) 
       時   不   利   兮   騅   不   逝  時に利あらず騅逝かず (ゆかず)
       騅   不   逝   兮   可   奈   何  騅の逝かざる奈何すべき(いかん)
       虞   兮   虞   兮   奈   若   何  虞や虞や若を奈何せん(なんじ)
 
     O 垓下     安徽省霊壁県の東南。
     O 抜山     山を引き抜く程の強力な力がある。
     O 蓋世     世の中を蓋う程意気高い事のたとえ。
     O 騅       白に青がまじった、項羽の愛馬。
     O 逝く    往と同じ。
     O 可奈何  どうしたら良いであろうか。どうしようもない。
     O 虞    項羽の愛人。項羽は独身であった。
 
    垓下城を取り巻く漢兵に流石の項羽も如何ともし難く、虞を携えて包囲
    の一角を切り開き、江南へと逃げる。遂に虞と共に逃げるのは無理と思い
    垓下の歌を歌う、これは、虞に共に逃げられない事を分からす為の歌で、
    この歌に合わせて虞は何回も何回も舞を舞った後、これに答えてこう歌う。
       
                                                 虞 美 人
 
     漢   兵   已   略   地     四   方   楚   歌    聲 
     大   王   意   気   盡     賎   妾   何   聊    生(なんぞ生を願はん)
 
    漢兵は已に地を攻略し、楚軍の兵士までが城を取り巻き楚歌を歌っている。
   大王も遂に此処まで来てしまった、最早なんで私めが生を望みましょうか。
 
    項羽は太刀を引き抜き愛妾虞の頚を刎る。周囲には真赤な鮮血が飛散りあたりの草原を染める。
 
     項羽は直ちに馬に乗り更に南へと敗走し烏江亭迄来ると、烏江亭の亭長が川岸で舟を繋いで待っていて、
    「大王舟にのれ、江南に逃れん」と叫ぶ。
     これを聞いた項羽は「故郷をいでし日八千の兵を連れ出て、何ぞ一人舟に乗られようか、
     子弟の親に何ぞ面目が立たん哉」と言うやいなや自分の首を刎て自刎する。
     遂にBC202年垓下の戦いに敗れる。ここで勝利した劉邦の漢が成立する。
 
     後に、中唐の杜牧(803年ー852年)が題烏江亭で、もし、項羽が川を渡り逃げ伸びれば、
     江東は優秀な子弟が多いから、再び勢いを盛り返し再期を果さなかったのか、
     その結果はどうなったかわからなかったのに、と歌っている。
 
      題 烏 江 亭    中 唐   杜 牧(803年−852年)
      勝  敗  兵  家  事  不  期     勝敗は兵家も事を期せず
     包  羞  忍  恥  是  男  兒   羞を包み恥を忍ぶは是れ男兒 
      江  東  子  弟  多  才  俊   江東の子弟才俊多し
     巻  土  重  来  未  可  知   捲土重来いまだ知る可からず題す、とあるが、
                              題すとは壁に書くの意味。
 
    更に後の北宋の曽鞏が漢楚の興亡と、項羽とその愛人虞美人とを偲んで詠んだ
    七言古詩「虞美人草」がある。
 
    虞 美 人 草   北 宋  曽   鞏 (そうきょう)(1019年ー1083年)
 
    鴻 門 玉 斗 紛 如 雪     鴻門の玉斗紛として雪の如し
    十 万 降 兵 夜 流 血   十万の降兵夜血をながす
    咸 陽 宮 殿 三 月 紅   咸陽の宮殿三月紅なり
    覇 業 已 随 煙 燼 滅       覇業已に煙燼に随って滅ぶ
    剛 強 必 死 仁 義 王   剛強なる者は必ず死し仁義なる者は王たり
    陰 陵 失 道 非 天 亡   陰陵に道を失いしは天の亡ぼすに非ず
    英 雄 本 學 萬 人 敵   英雄本より学ぶ万人の敵
    何 用 屑 屑 悲 紅 粧   何ぞ用いんせつせつとして紅粧を悲しまん
    三 軍 散 燼 旌 旗 倒   三軍散じ尽き旌旗倒れ
    玉 帳 佳 人 座 中 老   玉帳の佳人座中に老ゆ
    香 魂 夜 逐 釼 光 飛   香魂夜剣光をおうて飛び
    青 血 化 為 原 上 草   青血化して原上の草となる
    芳 心 寂 寞 寄 寒 枝   芳心寂寞寒枝に寄る
    舊 曲 聞 来 似 斂 眉   旧曲聞来りて眉をおさむるに
    哀 怨 徘  ? 愁 不 語   哀怨徘徊愁えてかたらず
    恰 如 初 聴 楚 歌 時   恰も初めて楚歌を聴ける時の如し
    滔 滔 逝 水 流 今 古   滔々たる逝水古今にながれる
    漢 楚 興 亡 両 丘 土   漢楚の興亡ふたつながら丘土
    当 年 遺 事 久 成 空   当年の遺事久しく空となる
    慷 慨 樽 前 為 誰 舞   樽前に慷慨して誰がためにか舞わん
 
    O 虞美人草 ひなげしのこと。
    O 鴻門 黄河が陝西省内で大きく曲がるがそこえ渭水が合流する地点にある。
    O 玉斗 玉で作った杯
    O 流血 殺された。
    O 咸陽宮殿  秦の始皇帝の阿房宮
    O 覇業 武力で天下を取ること
    O 陰陵 山の名前
    O 本学 昔学んだ
    O 旧曲 垓下の歌の事
 
     それでは、今日の勉強は終わりです。お疲れ様でした。   (2004.8.27)


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第43回  2004.09.30  講師:原 慶治君(1組) 演題:歯と健康  聴講者:29名
  
  昨年12月及び今年2月、ニ度の例会に整形外科医の村田君の登板、そして今回は
  歯科医師の原君の登板による歯の勉強です。
  彼は神奈川県歯科医師連盟の理事長、歯学博士で現役バリバリの歯科医です。
  私達の年代は、歯の急速な衰えを感じ、歯に関して知りたい事が山ほどあります。
  今回は私達の健康と密接な関係のある歯の話を、じっくりと聴きました。
  しかし、あら不思議、講師が医師の出番になると、なぜか女性の出席者が増えます。
  講師が持てるのか?、演題が呼ぶのでしょうか。
  今回も大勢の仲間と共に充実した一時を過ごすことが出来ました。

  まず、話の冒頭は彼の趣味「散歩」に纏わる次のエピソードから始まりました。
  彼は健康のために日常散歩を心掛けており、先日朝、葉山の近くの「暮らしの里」を散歩の途中、
  天皇ご夫妻のご一行に御会い、美智子皇后と次の会話を交わしたそうです。
    皇后 「この先の道の先はどうなっているのでしょうか?」
    原君 「勿論この先へまだ行けますけど、皇后の今お履きのお靴ではご無理と思います。」
    そして、しばらく辺りの風景に関して会話を交わし、彼の生涯二度と無いだろう貴重な
    経験を味合うことが出来たとの報告です。

 そして本日の演題「口腔と全身の関わり」という本題に入りました。
  以下私のメモに記した事項を記載します。

 1.口の中は体中で最も不潔で栄養に富む場所であり、物凄い数の各種の細菌の温床である。
 2.8020.この数字は80歳で自分の歯が20本。これぞ高齢者の健康の条件である。
   この条件の達成者の痴呆の割合は、そうでない人より俄然少ない。
 3.入れ歯に関して
   イ.老人が入れ歯を外した場合、
      * 噛むという意欲を減退させ、痴呆度を加速する。
      * 口内が不衛生となり、様々な合併症の要因となる。
   ロ.痴呆がかなり進行している老人にぴったりした入れ歯を与えたところ、
      * 時計が読め時間の認知が出来るようになった。
      * 身辺の世話を自分でする意欲が急増した。
   ハ.入れ歯は金をケチるな、合わない入れ歯は諸々の病気の要因である。
 4.歯と糖尿病との関係
   糖尿病の合併症の一つは血液障害は毛細血管の多い場所に表われる。
   目に来れば失明、足に来れば下肢切断、口内に来れば歯根障害。
   その結果、歯の障害となる様々な病気を引き起こす。
 5.痴呆、惚けと歯の関係
   噛むことによりアドレナリンの分泌が増し、脳内の海馬を経て通常は約2時間で記憶力に働く。
   また軟らかい物より硬い物を噛むことがより効果がある。
   この到達時間が行動の速さや記憶力に影響し、惚けの度合いの尺度になる。
   「8020」はこのためにも、達成することに心掛けて頂きたい。
 6.いびき、睡眠時無呼吸症と口内との関係
   顎の位置を矯正し気道を広める等の治療が実施されつつある。
   疑いのある人は是非相談されれば、専門医師を紹介出来ます。
 7.その他
   * 歯の健康のための食べる順番は、ネバッ気の多いものを先に野菜を最後に。
   * 歯磨きの効果は食後3分以内、毎回実施に務めること。
   * モーター式歯ブラシは歯磨き時間の短縮に効果がある。
   * 最新レザー治療について
     彼の息子さんの治療室では、治療にレザーを使用しており、本日親父の応援に
     同行の本人より、次の説明がありました。
      従来のガリガリ削る方式に較べると、治療の痛みの軽減には画期的な効果がある。
      但し、現段階ではレザーにより患部を完全に除去するまでには至っていない。
まだまだ沢山ありましたが、記載を省略します。
最後に。本日の講義は、原歯科医院の総スタッフ5人が応援。中味の濃い講義でした。
尚、来年1月に今回の続編を考えており、確定次第ホームページ上に記載します。

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第44回  平成16年10月28日(木) 講師 寺西順一郎 君 
      首題:脳卒中からの復帰   総員 17名

寺西君は50代の後半に脳血栓、2年後さらに脳溢血を患い、適切な治療とリハビリの結果、
後遺症は避けられませんが、日常生活に復活、丑寅エイトの常連として今回の講師は
2度目の登板です。
第1回目は彼の現役時代の本職「水の話」、そして今回のテーマは「脳血栓からの復帰」、
自らの経験に基づく貴重な体験と教訓を、我々予備軍に話してくれました。

1. 1回目の発病 57歳の時に脳血栓を患う。 
  その前兆及び感じたこと
      自らの健康管理は不十分、脳の病に関する知識もお粗末であった。
      中性脂肪、コレステロールが高く、血圧が上270〜280 下200以上であった。
      強いて上げれば、発病の数日前から蚊ぶん症や物が二重に見える症状があった。
  発生時の自己症状:突然箸が持てなくなり、呂律が廻らない。
  対応:幸いと短時間の内に脳神経外科専門医の診断を受け、脳血栓との判定。  
     その後の処置も適切に行なわれたようだ。
  治療、リハビリ:先生の指示に従い治療を受けたことが効果的であった。
      特に活性水素の多い水が効果があると言われ多く取るように務めた。
  教訓:迅速かつ専門医による適切な診断、処置がその後の命運を左右する。
     また、医師ばかりではなくレントゲン技師の腕も重要だ。
     今ならば横浜滝頭にある「横浜市立・脳血管医療センター」を推奨する、とのことです。
       脳血管医療センター 横浜市磯子区滝頭1-2-1
               脳血管医療センター
               Tel.045-753-2500(代)
               ホームページ
                       
2. 2回目の発病 59歳の時、今度は脳溢血を患う。
  症状  朝風呂が好きなため、その入浴中に突然全身に痺れを感じ、体が動かなくなり
      声も出せない症状が起きた。又視力もおかしく全身に痺れを感じた。
  治療として特に記憶に残るのは4日間、1日に水120CCだけであった。
  点滴3種類を受けたが、2番目の点滴「恐怖の黒いビン」は激痛を伴う点滴であった。

3.その他、様々な体験や教訓の対話があり、以下私のメモより記します。
  1.くも膜下出血:男性よりも女性の割合が多く、発生場所はトイレ、時間は
           明け方が多く、用便は頭に血液が上らない様に注意のこと。
  2.リハビリ:長沢の神奈川県立リハビリセンターがNo.1である。 
      但し、入院は審査があり、その条件を満たすことが必要がある。
          神奈川県総合リハビリテーションセンター
          厚木市七沢516  神奈川リハビリテーション病院
          Tel.046-249-2503  Fax.046-249-2502  
                ホームページ
  
  3.治療薬:納豆キナーゼが特効薬であるが高価である。
      その他、一般に納豆が脳には良いとされている。
      葡萄の皮も有効のようだ。
      昆布の一種、”ガオンメ”も効果があるとされている。
  4.長嶋元監督の場合:
      彼は非常に健康に気を付けている男であり、深酒はせず午後7時には席を
      離れる習慣をつけているのに、なぜ脳血栓になったのか?
      多分、水分の取り方が少なかったのではないか、と思われる。
  5.前兆及び要注意者
     1.階段の上の方でつっかることが度々ある人。
     2.僅かの勾配の坂の上り下りをひどくしんどく感じたことがある人。
     3.平常の血圧、血糖値、血中コレステロールの高い人、喫煙者。
  6.脳検査を受ける病院の注意
     MRTは一般的、MRA(最新の高価な機械であり要確認)のある病院が良い。
     MRAは血管の拡散強調画像で脳血管の状況がより鮮明に把握出来るため。
  7.脳の病に効果のある温泉、水 (特徴は活性水素の成分が多い。)
     秋田県鹿角市 玉川温泉
             野球の星野監督の奥さんが当地で7年間治療したという。
             * キーワード:<玉川温泉>にて検索。
     鳥取県三朝(みささ)温泉 
             * キーワード:<三朝温泉>にて検索。
     北海道登別市カルルス町(洞爺支笏国立公園内)カルルス温泉の温熱療法
             * キーワード:<カルルス温泉>にて検索。  
     メキシコのトラポラの水、ドイツの不思議な水  等々

4.配布された下記の資料で皆様も自己診断を。(クリック)
    資料1 隠れ脳梗塞、こんな気分の人は要注意!
    資料2 症状があってもなくても「隠れ脳梗塞のチェックリスト」
    資料3 痴呆、寝たきり老人とならないための塩、砂糖、果物べらしの一覧
                             以上

第45回 11月25日(木) 講師   客員講師 梅田英子さん
            テーマ  ともに生きよう 男女共同参画社会  
            総員   18名
今回の講師、梅田さんと私近藤とは12年前に揃って横浜の市民混声コーラスに入会し、彼女は会の
リーダーとして3期6年余当会をすぐれた手腕で統率、昨年仲間に惜しまれながら退会しました
しかし私とは気が合い、その後もメールを交わしております。
また彼女は(社団法人)国際夫人教育振興会理事として、長年「男女共同参画」運動に取り組み、
国内や諸外国のこの辺りの事情にも詳しい女性活動家でもあります。
一方我らは高度成長の男子優位の時代に育った世代、昨今の世相や諸事情を学ぶためのも、
今回講師を依頼しました。

先ずは当日の資料の序文は次の通りです
1999年、男女共同参画基本法が制定されてから5年が経過し、社会の流れが少しづつ変りつつ
あります。しかし、まだ「男は仕事、女は家庭」という固定的役割分担意識はなかなか払底せれ
ないのが現実です。21世紀はみんなが主役になるために、男女共同参画社会の実現に向け、
皆さんで考えましょう。

そして、下記の参考資料の説明を受けました
  資料1.内閣府男女共同参画局編纂
      21世紀はみんなが主役 ”男女共同参画社会の考え方”  
  資料2.横須賀市編纂、横須賀市男女共同参画推進条例(概要)
      豊かな「よこすか」をつくるために ”男女共同参画社会をめざして”
補足説明の主な項目は次の通りです。。
  1.ジェンダーに敏感な視点を
     注:ジェンダーとは社会的、文化的に作られた性による差別であり日本語の適訳は
       見当たらないようです。
  2.家族の絆と男女共同参画
  3.共生社会をいきいき生きよう
その後で約40分のビデオの鑑賞。
   構成は共稼ぎの若年夫婦2家族の事例です
   事例1:妻はキャリアウーマン。帰宅が遅く仕事を家庭に持ち込み、亭主は欲求不満がつのり
       最後には離婚に至る。
   事例2:同じく妻はキャリアウーマン。亭主は帰宅時間も早く料理作りから子供の面倒までの
       一切を嬉々と引き受け、訪問した亭主の母親でさえも嘆くマスラオ型。
       しかし家庭は今のところうまく行っているようだ。。
ビデオ企画の意図は事例2を奨励しているとも受け取れるが、我が世代としては当然強い反応が
表明された。その2,3の意見は
 1.ビデオの映像自体が作法、礼儀、常識に欠け製作者のレベルを示しているようなものだ。
 2.亭主が毎日早く帰り、子供を保育所から連れて帰ったり食事を作ったり、と現実に通用すると
   思っているのか。
 3.共稼ぎが少子化に拍車を掛け、国が活力を失うことは明白である。
   政府は本気で奨励しているのか。
今回の勉強会はこれまでにない活発な発言が交わされ、これが講師の意図でもありました。

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 第46回 12月23日(木) 講師 河崎清二(2組) テーマ:プロ野球放談 総員20名

今回の定例日は祝日。さて、何人が集まるだろうと心配でしたが、いつもの顔ぶれに今回初参加の
高田律行君(4組)を加え総勢20名。皆さん熱が入って来ました。
今回の講師は”虎キチ”の極意、河崎清二君、題して「プロ野球放談」。
阪神タイガースの永久欠番背番号11、村山選手のをユホームを着て登板です。

先ずは当日の資料「阪神タイガースと私」から彼の自己紹介を抜粋します。
 1.昭和24年(小学校6年時)、後楽園球場で初めてプロ野球を観たのが、阪神対南海戦。
   この年が1リーグ制の最後、当時の阪神タイガースのユニホームは黒地に白のタテジマ(今と逆)、
   3本の線の入ったストッキング、戦闘帽スタイルの帽子で躍動する選手に心底から魅せられ、
   以来今日までの55年、彼の阪神タイガースに対する片想いが始まったようです。
 2.大学時代から40歳頃までは、阪神戦を観る時には、必ず阪神のベンチ側に座り、当日の
   生活の行動、洋服の着方、靴下の履きかた、駅の改札口の出入り、階段の上り下り等々、
   は阪神のベンチが一塁側の時には右から、三塁側の時には左から、心掛けるという将に病
   こうもうに達していた、とのこと。
 3.ああ、それなのに、2リーグに分裂後の初優勝は昭和37年、その間巨人は9回の優勝。
   「関西のドラ息子」と呼ばれていた阪神だが、弱くても何故か人気は東の巨人に対抗
   するものがありました。
   しかし、球団、選手共、その人気にアグラをかき、巨人のように組織的な長期展望の
   球団強化を怠った「ツケ」が、その後の長期低迷の元凶と、判っているのにやめられない。
   負けても負けても「遇に勝つ喜びと感激」を求め、日夜入れ込んでいるとのことです。

以下話の内容は次の通りです。
  1.阪神と巨人の球団史の比較、
  2.日本のプロ野球の問題点と球界への提言
    今年の10大ニュースの一つに数えられる日本プロ野球の初ストライキ。
    「巨人」王国の専制下に覆われていた様々な問題点が一気に吹き出ました。

  我等の仲間の多くは、プロ野球で育ちそして今も愛して止まない世代です。
  プロ球界が幾多の問題を抱え、悩んでいる姿を見ていると黙っていられない。
  そこで現状を打破するには、−−−と激論が飛び交いました。

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第47回 2005年1月27日 講師 伊藤義郎(8組) 演題:私の中国  総勢18名

今回は原慶治君(1組)の「歯と健康 Part-2」の予定を、原君お急用のため急遽、
伊藤義郎君に「私の中国」という演題で講師を担当して頂きました。

                         
彼は名古屋の商社・岡谷鋼機に35年勤務、その間中国市場の開拓や取引で中国各地に駐在員
として10年余滞在、我々がマスコミ経由で知る中国事情とは一味違う、自ら得た中国の実情
と経験を興味深く話して呉れました。
以下、彼の話の概要を当日の資料「私の中国」に沿いお伝えします。

1.パスポートの話
  初渡航の時から最近に至るパスポートをよくぞ全冊保管しており、当時はまだ珍しい昭和38年
  取得の初回のパスポートを回覧、当時の外務大臣は椎名悦三郎でした。
  中国でのパスポートの別の用途は、中国の国内線も勿論座席指定にはなっているのに、乗客は
  我こそはと乗込みテンヤワニャ。その時日本のパスポートを乗務員に翳すと「葵の御紋」のご利益が
  あったそうです。
2.民族の話
  中国には56の民族がおり、その94%を漢民族が占めている。
3.言葉の話
  各民族が異なる言語を使用、夫々が民族語で話すと同国人同士で通じない。
  いわゆる中国語というのは北京語で、「国語」でもあり普通語と言われ全国共通語である。
  中国人は各々の民族語と北京語の二つの言葉を話せなければ世間は渡れないようです。
4.中国人気質
  南方民族(広東人、香港人):律儀でお人好し。
          親しくなれば世界広しとは言えこんな良い民族は少ない。
  中間(上海人):派手好き、おしゃれ。
          一昔前の土産は女性はパンスト、男性は電卓と決まっていたが、最近は
          女性は身に着ける物、男性はネクタイが相場のようだ。
          概して頭が良くて抜け目無く、政財界のトップクラスを出身者で占めている。
  北方(北京人):地味、堅物、Business-likeで付き合い難い。
  全般にとにかく教育熱心。その理由は大学の格と卒業成績で人生が決まってしまうからである。
5.慣わしの話
  春節(旧正月) 労働節(五一、May Day) 中秋節(お月見) 国慶節(十一、建国記念日)
    * 中秋節には月餅:各家が中味に特徴を持たせたビッグサイズを作り交換し合う。
      お土産に貰うと少々うんざり。
    * 春節には玄関になぜか金柑を飾る習慣がある。
    * 福の字を上下逆さまに書き飾る習慣:倒福すなわち到福(福に至る)とのこと。。
    * 国慶節には全国から大勢集まり、宿も飛行機も満杯。全く動きが取れない。
    * 春節には紅包(お年玉)が絶対必要、これがないと使用人も動かない。
    * チップが潤滑油として幅を利かせる社会。逆手に利用するのも生き方である。
6.おもしろい言葉
   拍馬屁:パイ・マー・ピーと読み、ごまをすること。
   手紙 :Toilet Paper のこと。
   拉皮帯(條):ポン引のこと。
   王八蛋:One patternのこと。
   土包子:田舎者、どん百姓のこと。
   紅蛋:馬鹿たれのこと。
7.その他
   新漢字:中国では新漢字が使われるようになったが、在来漢字で育った年代は
       馴染みがイマイチで、現在も中央を離れると在来漢字と共存している。
   中国は画一国家ではなく連邦である。
       東西南北各6千キロ。とにかく広大で地域格差が大きく、中国を単一
       国家と考えるより地域州の連邦と取る方が正解である。
   お土産のカレンダーは大人気:
       日本から持参する新年の会社のカレンダーは大人気、平社員が上司への貢ぎに
       利用するほどのモテモテ。社名入りなんて問題ではない。
   日本のピンク色は中国では黄色:
       ところ変われば色も変わる。中国でエッチを表す色は黄色である。要注意!
       
今回以下は時間切れで次の機会になりました。
8.想い出
   @ 越年(越冬)
   A 客室の残り物
                                以上

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第48回 2005年2月24日 岩下 聆 (8組)
    演題:スポーツを楽しんでP・P・K −スポーツとはなんだ- (総員 17名)
     

彼は日体大卒業後、小学校2年、中学6年間の体育教師の後、聖マリアンヌ大学で体育学を教え退職後は
横浜市やYMCA等のスポーツ教育、活動、指導に携わっている現役です。
本日は2時間という短時間の中で、彼のスポーツに関する理念を我々に語ってくれました。
その要点を私のメモと理解の範囲にて以下に記載します。

1.スポーツとは何だろうか?
  世間の概念としては「身体に良い運動をすることだ」と言われるが、その定義は難しい。
  先ずは語源から。
  dis+port disはdistance。つまり距離を置く。portはCarryに近い運ぶ と言うことか。
  これらがつまってsportになったようである。
  人間は一日の内、生産や仕事の時間が2/3,そして非生産的な時間が1/3。
  そのため、 a. 明日の生産のための余暇を楽しむ。  
        b. 自分自身を見つめるための余暇の前葉とか色々と考えられる。
                         (Recreation,Recruit)
  英国人は読書や映画を鑑賞することもスポーツの範囲とし、アメリカ人、日本人と少々異なる
  見方をしている。

2.3S (Sex,Screen、Sport)。
  日本では戦時中、この3Sは戦意を削ぐものだとタブー視された時代があった。 

3.スポーツの楽しみ方
  次の4項に大別されるようだ。
  agon:   語源はフランス語で克服力の意。人よりも良い物を求めたい、良くなるために努力する。
  minicry: 真似、模倣をする。一瞬王や長嶋になった気分で現実を忘れさせてくれる。
  alea:   賭け。賭け心が無くては面白みがない。
  ilinx:  めまい。直前の緊張感が堪らない。

4.近代のスポーツの活性化の経過
  アメリカ:1950年代の終わりには自国の青少年の体力低下にショックを受けた。
  ドイツ:従来は選手主義であったが、1959年スポーツ第2の道として皆で楽しもうという見直し。
     1960年、Golden Planとして国内1544箇所のスポーツ施設の計画。
        (結果は都市は失敗、地方は成功)
  日本:1962年、スポーツ振興法の成立。東京オリンピック。
         これを目標に新幹線、幹線高速道路が建設され、国が活力を呼び覚まし日本人が
         スポーツに対し認識を新たにした。

5.高齢化とスポーツ、等々
  高齢化の定義は? 人口の65歳以上が7%に達すると高齢化社会と言う。
           14%以上を高々齢化社会、21%以上を超高齢化社会という。

6.その他
   1.肥満とFitness
     肥満は醜悪という考えが1967年以降アメリカに定着、肥満防止には有酸素運動、アエロビックス
     (健康作り、体力作り)が運動が盛んになり、12分間連続運動(心拍数120以下で12分間
     休まず運動をする)が効果あり流行した。
     しかし一方では日本人なら体力的に5分で十分との諸説もある。
   2.スポーツの定義
     1.身体運動であること。
     2.ルールがあること。
   3.福祉とスポーツ
     スポーツと体力:体力とはPhysical Education,Phisical Strength,Phisical Fitness 
            等々色々な訳があるが、Fitnessつまり身体適性→体力が妥当のようだ。
   4.Total Fitness
     1.Physical (体力)
     2.Mental  (知性) 
     3.Social  (社会性)
     4.Emotional (情緒)      以上の総合である。
   
   5.WHO (World Helthy Organization)は身体的、精神的、社会的な適合性即ちWell beingな
     状態。Wellnessとは世の中を健康を基にして考え直すと言う発想である。

   6.体力様々 
      1.相対的体力、絶対的体力
      2.生活関連体力、スポーツ関連体力
      3.生命力、体力
      4.行動体力(筋肉、持久力)、防衛体力(ストレスを低下する力)
7、結び
   生理的体力(体力の出力限界)を100%とすると、日常生活は精々40%程度の出力である。
   通常50〜60%を心理的限界を言い、これを日常の目標として片意地を張らずにピンピンと人生を生き、
   最後はころりと行こうではないか。

                                     以上

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第49回 2005.03.25  講師 渋谷 伸君(3組) 総員18名
    テーマ:酒を飲ませた奴が悪い。交通事故の相談ノートから

             
   渋谷君は川崎市役所を定年退職後、同市嘱託の交通事故相談員として6年間勤務し、その間に
   学んだ交通事故相談の制度や様々な相談の範例を話してくれました。
   相談員の前職は大別して警察官、交通関係者出身組と一般職員出身組に分れますが、一般的に
   前者は加害者側、後者は被害者側に肩を持つ傾向があるそうです。
   また相談相手が弁護士の場合、一件20〜30分で区切られ、多くは紋切り型で終わるそうです。
   彼は一般職員出身組、しかも全くの未経験からスタート、最初は戸惑うことも多かったが、経験と
   勉強を重ねるつれ軌道に乗り、この6年間に学んだ様々な体験や知識は市役所在籍の現役時代
   よりも、遥かに得るところが多かったと言っていました。
   そして一度は引退しましたが同市に再び嘱望され、4月1日より再度の勤務が始まります。
   本日の講義の概要をここに記述するのは難儀なので、下記をクリックし配布資料を参照願います。

配布資料へリンク

   今後、万一交通事故のトラブルに巻き込まれた場合、彼は相談に乗ってくれることを約束してくれました。
   4月1日よりの連絡先は下記の通りです。
            川崎市役所交通事故相談室  Tel. 044-201-3272 


第50回 2005.04.28  講師 伊藤義郎 (8組) タイトル:私の中国 Part-2
                                     総員 19名
   第43回(本年1月定例)の講演が大好評、そしてアンコールの声援に答え今回は続編です。
   伊藤君の味のある話をここに記述することはちょっと無理なため、今回の配布された下記の
   資料をクリックしてご覧下さい。

配布資料を見る

   資料2頁目の中の「おもしろい言葉」中国の当字」の答えを下記に紹介します。
      田馬甸 :デーンマーテイン   加利格利伯 :グレーゴリーペック   ・栄 :ジョンウエイン
      珍娜羅露保利加担 :ジーナロロブリジータ
      白蘭地 :ブランデー  威土基:ウイスキー
      朱古力 :チョコレート  熱朱古力 :ココア   可口可楽 :コカコーラ   百事可楽 :ペプシコーラ
      多士   :トースト   熱狗 :ホットドック    方便麺:インスタントラーメン
      三文治:サンドウィッチ

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第51回 2005.05.26  三笠記念艦見学  
第52回 2005.06.23 口腔医療について    原 慶治(1組)
第53回 2005.07.28  終戦60年 −8月15日前後の微かな記憶ー 河崎清二(1組)
第54回 2005.08.25  和菓子の話    梶川 諭(1組)