横八会員投稿 No.368

題名:投稿2題
投稿:伊藤 博 (7組)
掲載:2009.07.20

その1、ウノ目タカの目温故知新

下記は、近代東洋史の泰斗・偉先生より頂戴したものですが、一つの見解として傾聴に価するものあり、
ご本人の了解を頂きご紹介する次第です。内容の適否のご判断は各自に委ねます。

              温故知新  

中国は支配する漢族(92%)とその他55の少数民族(8%)からなる他民族国家である。
その治世のイデオロギーを超えた背景には絶えず中華思想が流れていることは歴史を紐解けば明らかであろう。

韓非子曰く、政の民に優しきはこれ全て乱の始まりなり。
敵が強ければ引き下がり時間を稼ぐ。敵が油断すれば電光石火侵略し、富と土地を飲み込む。
勝利者のみが富を分配し、敵を永遠に従属させるためには文化を抹殺し、民を愚民化し、
歴史を消し去り民族浄化も辞さない。

匈奴、鮮卑、突厥、回鶻は砂漠に消え、長江の農耕文明は姿を消した。
杜蛮(チベット)が強い時には同盟を結び、内訌で国力が弱まると武力で合併。

モンゴルが強い時には追従しチンギス・カーンを元王朝の皇祖に祭り上げ、満族が強くなれば清王朝下で
弁髪を受け入れ(宦官となっても)て働き、それらの異民族王朝が倒れるや、王宮を奪って専制政権を復活。

辛亥革命以後も、モンゴル、東トルキスタン(ウイグル族)、チベットを併合。

「歴史的に中国の一部」とする支配の鉄則のもとには侵略という言葉はない。
況や解放という言葉の実態は様々である。

今日世界中で活躍している客家、華僑の源流も、粛正から逃れた民であると言われている。
翻って、今日の中国は経済力を育みその成長は世界に冠たるところであり、軍事的力も大なる脅威がある。
反面で、それに相応しい世界をリードする思想、新発明、また芸術や道徳・哲学で魅了するものが何か
生まれているであろうか。

現地の有力新聞は、景気沸騰の中で07年度大卒者の就職先が無い人が80万人。是に加えて、
08年度は大卒者559万人(日本44万人)に対して更に80万人が失業するかもしれぬと予測。
08年度の全体の新規就業者では640万人であるが、レイオフ並びに失業者がすでに282万人
いると報じている。(8月の人民日報)

目覚ましい中国の経済発展の影で、今が果たしてピークにあるのか、はたまた減退に向かう兆しなのか?。
近視眼的に予測することは判断を誤る恐れがあるが、もし仮にそうだとすれば、如何に是を是正し解決して
行くのかの分岐点にさしかかっているのかもしれない。

一衣帯水の関係にある日本は、単なる宣伝と風潮に振り回されず、両国の共存共栄のために腰を据えた冷静な
対応が必要であろう。

世はインターネットが隅々まで浸透している時代である。
もはや焚書坑儒の時代ではない。
                         偉 東伯 



      その2、 歴史探訪 吉田庫三先生の係累による台湾教育への貢献

芝山巌事件は、台湾の近代教育の嚆矢となった「六士先生の芝山巌精神」として今もなお台湾人に語り継がれている。
1896年元旦、台北郊外の芝山巌で六人の日本人教師が匪賊に惨殺されたのである。
彼らを祀る芝山巌神社は、台湾の近代教育の鑑として多くの人から敬われている。

犠牲となった6人の教師の中の一人・楫取道明(39歳)の母が実は吉田松蔭の妹・寿。
父は小田村素太郎[後に楫取素彦と改名](松陰の後継者といわれ松下村塾の塾頭、後に宮中顧問官、貴族院議員・男爵)。

因みに、松蔭の3人の妹は、

長女・芳子(千代)が、吉田庫三先生の母。
次女・寿が、楫取素彦の妻、楫取道明の母。
三女・美和子が、始め久坂玄瑞の妻、後に楫取素彦の後妻。

楫取道明は台湾開化教育に献身するさきがけとなった。爾来、台湾の開化教育に従事して殉職した教師は
327名にも及んだ。始政一周年で訪台した時の総理大臣伊藤博文は「学務官僚遭難之碑」を建立している。


戦後、台湾に入ってきた国民党軍は、この日本教育のシンボル・「芝山巌神社」や「六士先生殉職」
記念碑を壊し墓碑銘はセメントで埋めたが、1996年6月教え子たちによって再建された。

それにつけても、吉田松蔭といい、楫取道明といい、志し高くして悲運の生涯を同じくしているのは
運命的なものを感じる。 

尚、これらの事情は、黄文雄著『台湾は日本の植民地ではなかった』他に詳しい。

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