横八会レク 2007年行事第3回

       
      古希記念 富士登山の報告         
                            
                                 2007.07.22   レク委員 近藤礼三

本年、八期仲間は70歳の古希を迎えつつあります。
故人となられた方を弔い、これからの人生を心身共に健康で迎える節目として、八期会の
有志4人は、このたび「古希記念・富士登山」を行いましたので、以下に報告します。

実施日  当初の計画は7月18日(水)出発、翌日帰着の計画でしたが、天候不良のため
       出発を1日順延、19日出発20日帰着です。
                      
参加者  当初参加者は6名でしたが、出発日順延のため2名が日程調整が出来ず、参加は
       以下の4名です。
    
          近藤礼三、早川義雄(6組)、倉田健司(7組)、吉田隆司(8組)

登山ルート   上り下り須走りルート

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第1日目

横浜駅西口の指定場所に午前7時30分集合し近藤車で出発。
東名高速の足柄SAで小休止後、御殿場を経由しふじあざみラインの終点の須走り登山口新5合目の
駐車場(海抜2000m)に到着9時30分。

曇り、無風、気温は15℃程度で先ずは登山に相応しい天候です。
私は登山に快適なTシャツ、ショートパンツ、全員登山支度が整い10時出発、登山口入口の店で富士
登山には欠かせない金剛杖を購入し登山開始です。

須走り登山ルートの特徴は、出発後の1時間は樹林帯を抜けるのがこのコースの最大の取得です。
やがて樹林帯が切れ、そろそろ空腹を感じ始めた本5合目(海抜2400m)、石室「林館」にて弁当。

当須走りルートの利用者数は、駐車場がより高度(海抜2300m)に位置する富士吉田ルートの約1/3、
また7月20日の学校の夏休み開始直前のためか、登山者の数が適度なのは救いです。
若人の男女50数名の団体と先になったり後になったり、彼等は税関に今年入社の18〜19歳、
定例の富士登山研修とのことです。しかし登山道の勾配が厳しくなるにつれ、フレッシュな彼ら達で
さえも次第に休憩の間隔が狭まって来ました。

7合目(2,950m)地点。
勾配のきつさに酸欠が加わり、登山者の足取りは益々重くなって来ましたが堪えるのみ。
先程のグループに今晩の宿を尋ねると、8合目(3350m)の我等と同宿のようである。
あの狭い石室に賑やかな団体と一緒ではと思い、本7合目5勺(3100m)の休息時に石室「見晴館」を覗くと
意外に整っており、オーナーに今晩ヤングの団体と克ち合うことを話すと、それでは我が石室へと勧められ、
急遽宿を変更。
そして予約済みの8合目の石室へは、同行の1名がバテたことを理由に、午後5時過ぎに断りを入れるのが
賢明とのアドバイスに従い頃合をみて連絡、相手も快く承諾してくれました。
     *富士の石室は協定によりキャンセル料は一切取らないそうです。

さて、富士山の石室の悪評は世界に確たるもので、「富士は登るのも馬鹿、二度登るのも馬鹿」の後者の理由の
ひとつに石室(宿泊施設)の悪さが挙げられます。
しかし近年、登山者数の陰りや世界資産認定の失格等から悪名高い石室の業者も反省を見せ始めたようです。
反省点として
    @ 詰込を押さえ、足と頭の交互の雑魚寝を止めよう。
    A トイレの整備をしよう。                 等々

我が泊まった石室「見晴館」は一泊2食付で\7,500。
定員50名に対し、当夜の利用は半数程度で食堂も比較的余裕があり、改築まもないこと、オーナー始め従業員の
態度が気持ち良いのが救いでした。
食事は定番のカレーライスで、これは全石室の夕食の共通メニューで事前承知。
一方Aのトイレは以前と大差無い昔の農家スタイル、用済み後の手洗いも出来ず、そのまま食事というのは閉口しました。

夕暮れの逆さ富士を眺め、午後6時を過ぎた頃に持参のパック日本酒で晩酌、そして夕食が終わり就眠は7時半頃でした。

     

寝床は二段式の蚕棚ですが、@は多少は改善されているもの、ダブルサイズの上掛布団1枚に2名というところ。
私は倉田君と同衾でしたが、夜半に隣の寝床が無人であることに気がつき、シメタとばかり移動しダブルサイズを一人で占有し
夜半頃までまで熟睡したようです。
              
2日目

当初は3時起床、4時前に石室を出て8合目辺りで御来光を見る予定でしたが、この高さの石室まで来れば
石室から御来光は眺められます。
御来光の時刻は午前4時40分頃のこと。
そのため4時起床、鮮やかな御来光をゆっくりと堪能し5時30分に石室を出発しました。

             

8合目へに向かう勾配はさらに厳しくなり、酸欠も加わり足取りは重く10分登り3分休みという状態です。
当初の宿泊予定の8合目の石室「江戸屋」を通過。

8合目から9合目は厳しさのピークで、眼前を見上げ途中2箇所の鳥居の関門をどうにか通過し、9合目に
着いた時は精魂も半ば尽きたという感じで、9合目から山頂へは意地だけのふんばりでした。

 

そして遂に山頂(久須志神社鳥居・3720m)へ到着午前9時。やった!という感じでした。

              

早速我が家内、娘宅、松生にケイタイで快挙を報告。

久須志神社では70歳以上の参詣者は記念品を頂けるとのことを聞いていたので、記帳し記念品を頂戴。
この品はわが生涯、次の富士登山の可能性が薄いことから、帰宅後我が家の指定文化財となり書棚に
飾られました。

              

頂上のお鉢周りは残雪のため途中に通行禁止区間、また仲間にかなり疲労が見られため断念し、一人成就ヶ岳
までを歩き、火口の壮絶な姿を観察しました。
                

頂上滞在約1時間、下りルートの砂走りに備え靴上にスパットを取り付け10時下山開始。

下りは楽と思いきやそうでもありません。
下山路は山頂から7合目まではブルドーザー路のジクザクの急傾斜の下り。
7合目辺りからブルドーザー路から別れ、本来の砂礫路を下りますが、5合目の砂払いまではまだかまだかと実に長く
感じました。金剛杖を舟の艪のよろしく体を支え歩を進めますが、足の指先に痛みが走り、砂走り5合目の終点に
着いた時、正直申してほっとしました。この間6.7k、2時間余。
そして残りの須走り登山口までの2.3kは樹林帯、登山入口の土産店に12時30分頃着、駐車場の我が車には1時頃着。

帰路は御殿場の市営温泉にて一風呂浴び、本来はビールで乾杯!と行きたい気持を、私の車の運転のため、
皆さんが抑えてくれた心境は、申し訳ない気持ちでした。
午後3時半頃出発。
そして横浜上大岡駅前に同乗の皆様を下ろしたのは午後5時頃だったと思います。

富士山はやはり日本一の山、登山は相応に苦行です。
この前の登山は確か10数年前、当時はマラソンに凝っており8合5勺目から頂上まで、ノンストップで登った記憶が
あります。
古希、やはり加齢とは正直なもので、今回は金剛杖に縋り一歩一歩。
今回参加者全員が頂上まで辿りつけたのが何よりの成功で、全員が人生に活を得た素晴らしい経験であったと思います。

さて、
我が家に帰り、一風呂浴び夕食は鰹の刺身にビールで乾杯、冷蔵庫を開ければいつでも冷たい水やビールが飲め、
トイレのウオシュレットにつくづくと幸せを感じた次第です。

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1.私は本数は僅かですが1日数本の喫煙をします。
  今回ジェット式ライターは高度3000mを越えると、気圧又は酸欠かの原因で全く着火せず、一方100円ライターや
  ガスコンロ用の着火ライターは環境の変化も厭わず、平地の機能と同じであることを知りました。。

2.反省
  今回のように登り下りが同ルートの場合、サブザックを持参し、石室宿泊の翌日の行動に不要な荷物は石室に預け、
  必要な荷物のみで行動し、帰路に預けた荷物を回収するシステムが賢明であったと思いました。


3.登山道入口で帰路の土産店でチーズケーキとお菓子を買い、その味を我が家で確かめたところ、登山土産とはいえ
  少々味が野暮なので、人に差上げるの控えました。
  あの時故郷へのお土産にと、少ない小遣いの中から買っていた韓国か中国の娘さんが帰国後、味にうるさい両国
  のご家族に差し上げた時の反応を想像すると、日本人として少々恥ずかしい次第でした。