横八会員投稿 No.62


タイトル :歴史探訪
「日本のシンドラー」について
投稿者 :伊藤 博
掲載   :2005.10.06


第二次大戦中、ナチスの迫害から逃れようとするユダヤ人難民に日本通過のビザを発行し、
,000人の命を救った元外交官、杉原千畝の半生を描いたドラマ「6,000人の命のビザ」
が、来る10月11日に日本テレビ系で放映されると、10月6日産経新聞に紹介されている。

この難民の中には、後にイスラエルの閣僚になった人もいる。杉原は、この功績により85年
イスラエル政府から「諸国民の中の正義人の賞を受賞し、わが国にも彼の顕彰碑がある。
この事実は高く評価されるに相応しいものである。

然し、人口に膾炙されているそのビザ発行に纏わる経緯については、必ずしも正確とは言い難い。

当時(40年)のリトアニア領事代理であった杉原は、「わが国の命令に背いてビザを発行した」
と解釈されているが、これは史実に見ると正しくない。

わが国は、39年にユダヤ人を差別せずとの国是を決めており、ビザ発給を禁じてはいなかった。
杉原に発給禁止の訓令も出ていない。強いて言えば、手続き上の副領事としての裁量の範囲の
解釈はあったが、禁を犯したものではなかった。

それゆえにこそ、その難民を全てわが国は全て受け入れて、長い人は約1年間も滞在して、
目的の国に去って行ったのである。

その後、杉原は昇進し叙勲されていることからしても、国禁を犯した外交官とは言えまい。

産経新聞の解説によると、終戦後、杉原はその咎で外務省から辞職勧告を受けたと記載されて
いるが、これも正しくない。

当時の外交官は英語派が地位を高めつつあったので、ロシア語の杉原はリストラの嵐で辞任
したに過ぎない。

史実を正確に検証をしない歴史を、伝承する危険性に警鐘を鳴ら秋を感ずる。
誤った史観は、亡国に導くことがあることを憂慮するからである。


                                                        以上

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