横八会員投稿 No.592

投稿:伊藤 博 (8組)
掲載:2015年2月7日

ウノ目タカの目                    

            共存の道を求めて


ISIL(イスラム国)の人質テロ事件に関する諸賢の下記の見解は、今後の方向を示唆するものとして活目すべきであろう。


「我が国には、聖徳太子の十七条の憲法以来の「和をもって貴しとなす」を基調とする複数の価値への容認と平和共存を優先する「和諧」の伝統文化がある。


荒ぶる怨霊も鎮魂慰撫されて利生や学問の神として尊崇される。鎮魂により聖者や敵味方の別を超えて善人も悪人も神になる。その慰霊の場に政治を持ち込むのは非礼とされる。これは、世界の比較文化史から見ると極めて珍しい。


イスラムの一神教の世界では神の掟に背くものを許さず罰は仮借ない。敵対者の墓は造らず、遺骸は野に晒す。中国もこの点は共通で敵は死んでも許さない。韓国も儒教の礼の国と言われるがこの点は同じく過酷である」(比較文化史・平川祐弘)

「イスラム教を日本社会の伝統的な内面的・信条中心の宗教と同じと早合点するのは間違いである。神が啓示したイスラム法を守ることが信仰の根幹理念で、我が国の自由や人権といった欧米に起源を持つ規範はイスラム法としばしば一致しない。

日本社会は神中心ではなく人間中心で、個人の自由や人権尊重を基準に生活している。

自分たちとは違う原理で成り立っている社会の存在を直視し、そことどう付き合うかを真剣に考えなければならない。日本の普遍的な価値観を第三者に明確に定義する必要性が高まっている」(イスラム政治思想・池上恵)

「イスラム教はで絶対的なものは神のみ。ISILは自分を絶対視して神格化しているので、コーランの教えと全く逆転している。宗教は個人と神との関係である。人により結び方は異なるので、自分が正しくて相手が間違っていることにはならない。多様性を認め合わなければ平和的に共存はできない。」(イスラム学・中村廣次郎)

「世界平和は誰もが望むとろだがその実現は程遠い。その難しさと悲しさを教えることが真の教育であろう。ギリシャ語で「理想郷」を意味する言葉・「ユートピア」を創ったトーマス・モアが「ウ・トポス」(どこにもない場所)を語源にあてた理由もそこにある。

 しかし現実は、持てる者が持たないものに金や食料や安全を差し出し、分け与えることで紛争を少しでも減らすことは出来る」(小説家・曽野綾子)

ISILがその支援の努力まで曲解・否定し、コーランで許されざる殺人を犯すテロ行為は神の掟への冒涜であることを如何に知らしめるか。

 事件の当初は同情と義憤を慮て影に潜んでいた自己責任に関する意見が、悲惨な結果が明らかになり、政府の対応の是非の検証にともなって浮上してきている。

3度にわたる日本政府の警句を無視してテロリストの支配地区に入ったのは、真の勇気ではなく蛮勇と言わざるを言えない。個人で責任をとりえないこともある」(与党の副総裁)

ジャーナリストの報道の自由や使命感と国の入国規制の関係が厳しく問われていると言えよう。

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