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私は工学系大学を卒業後、当時の石川島播磨重工業(現社名IHI)に入社し10年余は橋の設計に従事しました。
橋に関しましては、数年前丑寅エイトで話しましたが、横浜ベイブリッジや四国へ渡る本四架橋のような
近代的な優美は姿は、数学と応用力学の結晶なのです。

しかし、30台も半端になると、これらの高等数学や力学には、我が家系の頭脳ではどうも太刀打ちするのは
無理だと己の限界が分かって来ました。
それならば、体力勝負で海外へとばかり、当時成長しつつある海外プラント建設のシビルエンジニアに
転身し、中近東に接したのが我がアラブ世界との付き合いの始まりです。

手始めは1972年4月、アブダビにプラント建設開拓の調査目的で短期派遣されたのが先ずは運の付き。
アブダビっていったいどこだろうか?
地図を広げるとアラビア半島の東の中程にあり面積は四国程、国中が平らな砂地で、御木本パールが世界に
広がるまでは、天然真珠が唯一の収入源の国というよりも、一村落という存在でした。
しかし、この一画が、ドバイ、カタール、UAE、等々と共に石油の産出国として世界の脚光を浴び始めたのです。
会社中の誰もが足を踏み入れたことがないその国へ、直ぐに情報収集に飛べとの命令です。

まあ着きゃあなんとかなるだろうと入国、宿舎はある日本企業が当時南極観測隊が極寒地の南極用に
開発したプレハブ建屋なら、断熱性で高温砂漠の当国でも通用するとのことで、日本から持ち込んだ
事務所兼住居に約1ヶ月間居候し、当地の諸事情を把握し、現地関係者に会社の存在をアピール。
その体験の一つはヘリコプターに同乗し沖合石油掘削基地の訪問で、高温高湿度の気象条件下の
ハードな作業環境は、後年いわゆるドーハーの悲劇の日本選手の体力と気力の限界が理解出来ました。

またアブダビというのは奇妙な国で、本来は禁酒禁欲の回教国でありながら、許可証さえあれば、世界の
最高級酒が当時は世界の最安値で買え、しかもバーもありホステスもOK.。
あれから40年、当地域が世界の産油国オンリーではなく、観光地として旗を振っている原点は当時から
あったわけです。

短期派遣から戻り数年、今度は本格的な工事派遣で、行き先は同じ中近東でも回教の宗主国で禁酒禁欲の
最も厳格なサウジアラビアの紅海側の主要都市のジェダーのセメント工場の拡張工事で、1972年11月〜
1973年4月までの5ヶ月間の滞在でした。
工事派遣としては比較的短期間でしたが、アラビア入門編として様々な分野で得るところが大きかったと思います。

この経験が吉と出たか凶となったか。
会社として今度はサウジアラビアのペルシャ湾側沿岸から首都リヤドに至る砂漠地帯に、当時として世界有数の
セメント工場の建設を受注、1972年11月、先陣と乗り込み井戸掘りからスタート、土建分野を完了し中盤の機械
グループに引き継ぎまでの1974年4月までの4年7ヶ月の長期滞在となりました。
2ヶ所を合わせて合計6年余のサウジアラビアの滞在は、中近東地勢のみならず回教に生きるアラビア人の様々
な知識が我が生涯の記録として刻まれました。

時は移り時代は21世紀へ、しかし今世紀の幕開けからアラブの脅威から始まりました。
2001年9月のアメリカ・ニューヨークの同時多発テロは、アルカイダの巧妙な手口により引き起こしたと断定され、
アルカイダの元凶のビン・ラデインはサウジアラビアの裕福な一族の出身だと言われています。
そして近年のイスラム国の台頭による残忍な行為と周辺国の恐怖、そして2015年1月、今度はサウジアラビア
の隣国イエーメンを根城とするアルカイダの指令により行われたと断定されたフランス・パリの新聞社の襲撃テロ事件。
次は2020年、オリンピック開催中の東京が標的になるかも知れないという脅威です。

我等の過ごした中近東は昨今みたいに殺伐としてなかったぞ。
昔のレバノンの首都ベールートは、中東の小パリと言われ気候は温暖でお酒は自由、街も娘さんも綺麗で酒も自由、
日本人ミチコ・レストランはオアシスでした。
この国は午前中は地中海のビーチで泳ぎ、午後は郊外の山岳地帯で山スキーが一日で楽しめるという恵まれた
環境で、隣国シリヤとの国境の山岳地帯は日本の軽井沢に似た別荘地、その地を経由しシリヤへの史跡めぐりの
観光気分で簡単に行けたのです。

サウジアラビアの最初の仕事が完了した時は、工事を委託したレバノン人の技術者達とと抱き合って完成を祝したなあ。
私が会ったアラビア人は皆善良な人達ばかりでした。
それから約10年後、レバノンは内戦が突発、南部は数十年経てもパレスチナ紛争が収まらず、私がかって訪ねた
これらの地域や仲間はどうしているのだろうか。

その後、サウジアラビア、ヨルダンとお付き合いは数年前まで続き、所変われど人の本質は皆同じでした。
アラビア人の特徴を書こうともってスタートしましたが、途中から脱線、浅学で文才のない私として、アラビア人を
書くことはとても無理です。
今回はこれにて結びます。

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