横八レク 2014年 第3回

開催:2014年5月10日(土)
テーマ:浦賀の歴史を学び、観音崎灯台へ
                                   報告   レク委員 近藤礼三

横八仲間からお声が掛かり、新緑の5月にどこかを歩こうじゃないかとの申し出を受け、行き先を
どこにするかと話している中に、我が地元の浦賀が誇る郷土の英傑「中島三郎助」を知らないことを
知りました。
それは横高OBとしても郷土の歴史を勉強する必要がある。
この機会に「日本の幕開けは浦賀から始まった」、という浦賀の歴史と中島三郎助なる人物を学び、
新緑の海岸を観音崎まで歩こうじゃないかということになりました。

今回の参加者は、近藤、神沢、千葉、足立、小松の5人にに横須賀市のボランテア・ガイドとしても
活躍し浦賀の歴史に詳しい金塚君も参加してくれました。

浦賀駅10時集合、天気は上々、各々弁当を調達し金塚ガイドの先達で、さあ出発です。
先ずは西コースの@大衆帰本塚(ダイシュキホンのツカ)の説明、そしてA郷土資料館に寄り中島三郎助
の勉強、B西叶神社、 C浦賀奉行所跡、 D為朝神社。 E陸軍桟橋と歩きました。
    

    

    

     

西コースの最後は下の写真の幕末から一足飛び昭和へと。
戦後間もない頃、我々が小学2〜3年の頃、外地から引揚船が国内の数港に到着しました。
浦賀病院前にある下の「浦賀港引揚記念の碑」は、引揚船からのボートが着岸した旧陸軍桟橋跡に
建てられた記念碑にその状況が刻まれています。
               
  石碑の文字を拡大しました。
  

   金塚君の補足説明によると、 敗戦による外地からの大陸引揚船は主に日本海側の舞鶴や門司港に、
   一方南方方面からの引揚船は太平洋側の港に着いたそうです。
   悲惨な状況は後者がよりひどく、引揚者の中には多数のコレラ患者がいたため、夢にまで見た故郷を
   眼前にしながら、当初は検疫や患者受入れる態勢が整わわないため、上陸が出来ない状況が長引き、
   その間にも船内に感染が拡がるという空しい日数が過ぎていったそうです。

その後、午後から用事があるという金塚君に別れ、記念碑脇の広場のベンチで対岸を見ながらのお弁当。
そして、お馴染みの浦賀の渡しで対岸に渡り、F千鰯問屋で財をなした徳田屋跡 G東叶神H乗誓寺 
等々を順めぐり。新町からバスに乗り鴨居で下車し、I鴨居神社で歴史の勉強は終わりです。

今回金塚君から浦賀に関する資料を十分に頂き、中島三郎助や浦賀に関する知識も得ることが出来ました。
尚、中島三郎助に関しては下記をクリックしご覧ください。
                  中島三郎助に関するWikipedia
そして後半は観音崎大橋入口から東京湾の入り口をみながらの海岸沿いのウオークです。

          

早くも海水浴客もちらほら、自然博物館脇のレストランでコヒーブレイク、ハワイアンの野外演奏も
行われつつ実に幸せいっぱいです。

そして観音崎灯台に登り、海上交通センター、観音崎から京急ホテルまで歩きバスで横須賀中央へ。
お馴染みのお店で乾杯!
そして夏、秋のプランも話しながら午後6時頃に解散、家路へ向かいました。

今回は囲碁の定例日と重なり常連の数名は欠けましたが、浦賀歴史の勉強、そして新緑の観音崎
ウオークと健康の一日を過ごしました。

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