横八会員投稿 No.538

投稿:伊藤 博(4組)
題名:歴史探訪
掲載:2013年8月6日

                   巡りきた815

 「備えよ常に。警戒警報発令に防空頭巾」。「赤紙」、「千人針」、「慰問袋」。そんな時代があった。

軍事郵便で戦地に送った家族の便りも、果たして生きて読めた人はどれほどいたかことか・・・・。

 68回目の終戦記念日がまた巡り来た。本来戦争は、勝つか、負けるか、休戦(停戦)か、の三様しかない。

先の太平洋戦争では、日本はポツダム宣言を受諾して「敗戦」を認めた。その結果として、鉾を収めて「終戦」となった。

 「敗戦国」という概念はあるが、「終戦国」という言葉は見聞きしたことがない。

 「敗戦の痛手」とは言えるが、「終戦の痛手」という語彙だけでは通常は痛手の原因が曖昧で意味をなさい。

我が国の場合は、「敗戦」という暗黙の原因を万人が了解していることが前提となって、「終戦記念日」と称しても

あまり不自然さを感じないようである。そこに言葉のマジックがある。連合国側はこの日を「戦勝記念日(V―Day)」と呼んでいる。

 戦前は、神国日本は危急存亡の秋には必ず「神風」が吹き勝利の栄光に浴す、が不滅の信条であった。

決して負けることなしというドグマ・自己陶酔に取りつかれて、敗戦は想定外として禁句であった。

そのような全体主義国家のもとでは、戦争指導者も教育された国民も、敗戦という現実を正視することは忍びがたきものであった。

 

神の国は負けることはありえないという思考体系が、原因と結果を逆転させて、「敗戦」を「終戦」という言葉に

置き換えて真実を無視して婉曲化や偽説化したのは、我が国に特有の事実を直視できない風土である。

戦線不利の「退却」を「転進」と称したのも、連合艦隊が壊滅したにも拘わらず、それを隠ぺいして赫々たる

戦勝として偽りの大本営発表を続けたのもこの一連の行動である。

この傾向は今日に及び、外交折衝の不透明さにも見られる。この甘さが我が国民性の弱さの一面であり、

厳しいグローバル世界では一切通用しない。

また暑い夏が来た。過去は急速に風化しつつある。体験をしないと、自らのこととして実感が湧かないのは人間の性である。

現在の後期高齢者が居なくなるころには、すべてが消え去って、また歴史が繰り返されることを憂う。

残念ながら、未来をこの目で見ることはできない。

ウノ目タカの目

             * 時代考証 * 

第68回目のは終戦記念日が巡りくるが、風化はますます進みつつある。本夏はその回顧映画・

「終戦のエンペラー」が封切られた。


 占領直後にGHQ総司令官のマッカーサーの下で戦争責任追及の調査を進める准将の公私にまつわる物語で、

公の部分は史実に基づいて制作されたと聴く。

 日本の復興の原点となったマッカーサーの判断を裏付けるものとして、一見に値する佳作であろう。

ただ、劇場の席はすべて後期高齢者で、若者は一人も見当たらなかった。

 近衛公が自殺するより前に、調査の尋問を受けていたことをこの映画で始めて知った。

 日米合作とは言え、時代考証には問題があり、当時を知る者にとっては不自然さを禁じえないシーンが散見される。

その1つは、爆撃で灰燼に帰した都心の瓦礫の中で、バラックつくりの食堂で出しているうどんが真っ白である。

食糧難の当時、メリケン粉は極めて貴重で、まれに闇市で入手できたにせよ精白などしていない茶色の粉で、

それで焼いたパンも麺もすいとんも当然ながら茶褐色が普通であった。

たまたま、自宅の近所に米軍御用達のベーカリーができたが、日本人は買うことができなかった。

ある日、そこが火事になり丸焼けになったが、原料の砂糖が焦げて食欲をそそる匂いで満ちていたことを

子供ながらにはっきりと覚えている。

そこだけは、真っ白なパンがあったと聴いた。

その2は、やはりバラックつくりの居酒屋風の店でビールを飲むシーンがある。その瓶が中ビン(小ビン)である。

当時ビールもやはり極めて貴重であったが、サイズは大瓶のみ。  

米国産のビールには中サイズが昔からあるが、PXならいざしらず、それをバラックの食堂が闇で仕入れているとも思えない。

バクダンと呼ばれた目のつぶれるアルコール酒のまがい品が謳歌していた時代である。

その3は、厚木に渡来したマッカーサーが、東京に向かって通る沿道を日本兵が警備しているシーンがある。

当時の記録写真で見た記憶では、道路の両脇に初めから外向きに間隔を置いて立ち警護している。

しかし、この映画では、最初は内向きに立ち、マッカーサーが警備の日本兵の前を通る直前で、

くるりと外向きになるドミノが続き誠に不自然である。ガードの目的を考えれば、事前に妨害を発見・阻止するには、

これまでの記録写真にある通り、最初から外向き整列の方が理に適っていることを、演出者は判っていない。

その4、これがおかしな極め付けである。

東京湾で日本軍の武器を爆破・解体するシーンがある。マッカーサーも現場に登場する。

その背景に、何と、5層の天守閣をもつ見事な城郭が写っている。

 壊滅的な瓦礫の東京の画面のあとに無傷の立派な城郭! 

しかし事実は、もともと江戸の昔より、江戸城の本丸は火事で焼失して以降天守閣は再建されなかったので存在していなかった。

  この作品の内容が良いだけに、時代考証の杜撰さは惜しい。当時を知る者にとっては興ざめとなろう。

 映画はエンターテイメントなのでフィクションを含むことは十分承知しているが、

あまりにも実情に即していないのはいかがなものか。

  察するに、日本側のスタッフが若くて当時を知らないからといえば一言であるが、

この不自然さを気付かずに当時を正確に理解することはできまい。時代考証はそのためにある。

平成25年(2013)8

伊藤 寒山

主要項目へリンク
表紙に戻る 勉強会丑エイトの頁 横八会員チャットの頁
八期会の頁 レクリエーションの頁 横八会員投稿の頁
八期会インホメーション 囲碁同好会の頁 横八会員自作のHp
行事カレンダーの頁 ゴルフ同好会の頁 母校、朋友会の頁
伊藤博目次へ戻る